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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

宇宙刑事シャイダー第12話感想

30年前との世相の違いとか考慮して見ると色々違うのかもしれませんが、えー…ひどい話だと思いました。

 

学業成績の悪い少年・源太の家(ラーメン屋)に、家庭教師を雇わないかという勧誘。やってきた家庭教師はロボットで、源太の姿をそっくりコピーし、学業・家事手伝いの全てを本物以上に完璧にこなす。どう考えても「家庭教師」じゃない上すごい怪しいが、安いからと雇うことにした源太の一家。

180cm以上の高さの壁を軽々飛び越えるその姿を偶然目撃したシャイダー/沢村大。それと同じころ、アニーは道端で少女と衝突するが、その少女の腕が外れる。不審に思って追いかけると、襲ってくるフーマ!フーマは家庭教師ロボットを家庭に送り込んで子供となり変わらせ、親たちが本物の子を捨てるように仕向ける作戦を展開していた!

家庭教師ロボットが普及していく中、学校にも行かなくなり部屋に閉じこもって漫画を読むばかりの源太は、しかし外に出ることは許されない、という環境に。そんなある日、学業成績が上がった源太の家を学校の教師が家庭訪問すると聞き、源太の両親は本物の源太に出てこられては迷惑だと彼を縛り上げて監禁

この時点で既に色々取り返しがついてないと思うのですが、このままいけば東大も夢じゃないと述べる教師に「そうなって大蔵省にでも入ってもらえれば俺もこんなラーメン屋たたんで楽できる」と会話する両親→率先して出前に行こうとするロボットへ反発し、自ら出前に行こうとする本物の源太→そんな源太を「役立たず」と罵倒し、ひっぱたく父親→ロボットに出ていけという源太に対して母はロボットを庇い、父は「お前が出ていけ」と罵倒、という具合にひどさがジェットコースター

この話の何がすごくてひどいかというと、「もともと善良で平和だった家庭がフーマの介入で劣悪になってしまった」のではなく、冒頭から家の出前より宿題を優先すると当然のことを言う源太(学業成績は悪いが、「家庭教師が来る前から宿題をやっていない・サボっている」という場面は出てきません、念のため)に「役立たず」と言い放つなど、開幕からして両親がクズの片鱗を見せている上に善性が描かれていないこと。そしてそこから何一つ良いところを見せないまま、先生の言葉に舞い上がってアニーにスープだけのラーメンを渡してしまうなど徹底的にダメなところだけ描写されること。加えてこの一家以外にさえ明確な善良さを見せる人物がいません。準レギュラーである小次郎さん他は今回話にほとんどからまず。先生も話を転がすためにちょっと出てきただけと、人の善性を明確に描いている場面が少なすぎる。

しいて言えば善性を示すのはシャイダーとアニーなんですが、彼らは主人公として、ヒーローとして当然そこに置かれている立場なので、それ以外のポイントで善良な人物を置くことができなかったのは大きな問題じゃないかと。本作の脚本担当・上原正三さんを代表する暗いエピソード『怪獣使いと少年』(『帰ってきたウルトラマン』)でさえ、少年にパンを売る女性の姿としてそこを少なくとも描写していたわけで、今回そこがすっぽりと抜け落ちている。

この後、源太は家を飛び出していき、それに対する父の反応は「腹が減れば戻ってくる」。「ロボットだから空腹にならない」(のか?)ということを考えて家庭教師と照らし合わせてみると面白い台詞だし、普通に考えれば子供を想った台詞でようやっと見せた善性かもしれませんが、内容がここまでひどいとこの台詞さえ悪意に見えてしまいます。

物語がハードなほどヒーローの善性が際立つ、というポイントもあるかもしれませんが、この点についても12話まで「沢村大」という個人にスポットを当てた話を展開してこなかった(加えて「シャイダー」は敵対するものすべてを圧倒的な力で粉砕する鬼畜戦士)ことがネックとなり、一人の人間・沢村大からの視点が語られないので今一つ。

まあ、あまりにも下げ過ぎたため、この後源太を殺そうとする家庭教師ロボットに啖呵を切る大の姿や、逃げたロボットを追いかけて本拠地を突き止めたときの台詞で第12話にして初めて沢村大のことを本気でかっこいいと思ったのですが。

大に追われたロボットはアニーの攻撃でまた違う姿に変化、源太の家で暴れまわり、そこで本物の源太が両親を助けに現れる。シャイダーの活躍で不思議獣・ロボロボが倒されると各地の家庭教師は一斉に壊れ、平和が戻った…のか?既に崩壊した家庭はロボット壊れたからといって戻ると思えませんが。

最後は登校する源太を見送る両親が「百点でなくてもいい」と述べてハッピーエンドに仕立て上げていますが、あまりに落ちているところが深すぎたため引き上げる量が少なすぎるように見えますし、どこを狙った話なのかいまいちわかりづらくなりました。少なくとも「あんまり子供に詰め込み勉強させるなよ!」とか「あまり完璧を求めるな」って話じゃないよね、これ。「最終的にロボットではなく本物の子供を選んだ」ということかもしれませんが、そこの理由づけとなるだろう源太が両親を助ける場面で暴れていたのは元の人形でも源太の姿でもなくまた別の姿のロボットで、そこに源太が助けに現れた、ではロボットの我が子と人間の我が子の選択を迫られた、って話になってないよなーと。むしろあの流れだと、「助けに来た我が子」を生身の我が子と認識できたかさえ怪しいんですが。

第6話と並び、悪い部分ばかりが強くてバランスがとれていない、後味の悪い話でした。