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美少女戦士セーラームーンCrystal 感想・総括

ニコニコ動画で視聴してきた『美少女戦士セーラームーンCrystal』が完結したので、その総括として1年を通しての感想。

 『セーラームーンCrystal』が僕たちに教えてくれたこと。

1:ヒーロー番組の主人公は相手を「間違っている」と非難するだけでなく、ちゃんと理由のある「正しさ」(正義)を持ちましょう

2:その「正しさ」について、理由をつけたからOKとせず、劇中の描写や設定を一貫して、説得力を持たせましょう

3:主人公の長所を物理的な力や曖昧な「心」という言葉だけにせず、他の長所や短所を付けましょう(そしてきちんと長所・短所として描きましょう)

4:集団ヒーローはメインだけ持ち上げないで、きちんと他のメンバーも活躍させましょう

5:多媒体原作有りの作品で、原作再現の意気込みを持つのは大事だけど、明らかにおかしいところは変えようよ!!

 

えー…個々について分析。

特にヒーロー番組として問題なのが1と2で、主人公の「正義」の確立に失敗したこと。

第1部では地球とも月とも関係ない、理由なしに「悪」とされる存在(クイン・メタリア)が置かれた上で、それに対抗するセーラー戦士たちは正義、とシンプルな構図にしていたのですが、肝心のうさぎはその正義に従う気が一切ないという設計。

これが「今までそんなことを考えもせずに生きてきたのに、突然月の王族の生まれ変わりと言われ戦いの運命を強いられたことへの葛藤」という形でうまく噛み合ってくれれば面白かった(というかおそらく、それを目指していただろうと思われる)のですが、使命を抜きにしても地球が滅びればそれで終了かつ戦闘可能なのは自分たちだけである以上、どこかで戦いに出なければならないというポイントを完全に放置したため葛藤になりませんでした。

しかも、うさぎが選んだのは

地場衛と心中できれば世界などどうでもいい

という、狂気の回答。

また、衛と惹かれあった理由が前世からの宿命によるものか、それともそんなこと関係ない「地場衛」個人に惹かれたのか、そのあたりを曖昧に濁したためにうさぎの狂気だけが増大。

まあ、なんだかんだで二人とも生きてメタリアを倒すのですが、それが何か一貫した理念の勝利とかじゃなく銀水晶のデカい力でゴリ押ししたようにしか見えないため、全く「正義の勝利」という雰囲気になりませんでした。

で、第2部は未来の世界を交えながら銀水晶を狙うブラックムーンと戦うことになりますが、そこで示された未来の世界が、地球の統一国家でクイーンとなったうさぎが、人々を不老不死にして従えさせれば争いは無くなり平和なのだとする完全なディストピア

対するブラックムーンのみなさんは「争いと殺戮を広める存在」として悪にされており、それに対し「命は尊いのだからそれは間違い」と主張するところまではまあ問題ないと言えるのですが(それも本当は「何故命は尊いか」を示さなければ説得力がないですが)、それが何故か「不老不死は正しい」と、いろいろ飛び越えた主張にしてしまいました(^^;

手段はともかくとして、理念の面では「月の王国の民に征服されて地球人は堕落した」とするブラックムーンの方が、私は賛同できる(笑)

その「不老不死の正しさ」が劇中でしっかり根拠がついているならわかりますが、劇中で不老不死が正しいとする根拠は「人類全体の悲願だから」「そうすれば争いがなくなるから」。

前者は劇中世界ではそうなっているんだろうと解釈しても、後者については

・第2部の争いの原因たるデス・ファントムを、彼方の惑星ネメシスに追放せざるを得なかった(殺せないため)

・惑星ネメシスに対しエネルギー資源の調査を行った(≒エネルギー問題が未解決)

・ちびうさ(スモールレディ)が年齢に反し容姿が変化しないことでいじめを受けている(=差別意識は不老不死だろうが消えない)

という具合に、不老不死で解決どころか不老不死にしたせいで出てきたとしか思えない諸問題が描写されているため、説得力ないを通り越してマイナス。

その上でその「正しさ」と「理由」を主張するのは、常にネオクイーンセレニティであり、現代のうさぎではないというのが問題。

つまり、現代のセーラームーンは「これが正しい」と自分で考えてそうしようと思ったのではなく、未来がそうなっているから従っているだけ。

ここからは3についての話に入りますが、うさぎの劇中の言動で好感が持てなかったのは、作中で基本的に「正しさ」を主張することがなく、逆に序盤から終盤まで「間違っていてもエゴを通す」ことが強調されていたこと。

前述の「地場衛と心中できればあとはどうでもいい」という精神もそうですが、最終話でも「同じ時空の同じ空間に同じ人物は存在できない」と理解した上で「歴史を変えても未来の自分と対面する」という選択をするなど、身内のこと以外は非常にドライ。

にも関わらず、うさぎのあまりにエゴイスティックな言動が特に中盤以降咎められることは無く、むしろ「うさぎのことだから正しい」と言わんばかりに誰もが従ったり傍観しているだけでした

4人のセーラー戦士が(誘拐されているという事情も含め)誰もブレーキにならない!

その最たるものが、ブラック・レディが地場衛への独占欲を見せた際に「それは間違った愛し方よ」と発言した件。この流れで自分がそうだったことも反省したのですが、そこから「では正しい愛とは何か」を答えることも、疑問に思うこともありません。

これはそこに対する積み重ねがひたすら足りないため答えが出せないというもので、正解がない難解な問題にあえて答えを出さなかったというような高尚なものではなく、ただの丸投げ。

最終話を見る限り、私が感じた「セーラームーンの主張する本当の愛」というのは、「銀水晶の力は衛と一緒にいれば引き出せるものなのだから、衛を独占できるのは銀水晶を使う私だけであり、他の者が衛を奪うのは娘でも許さないというものでした。

ああ、だからプルートも謎の禁忌で死んだのか(^^;

4について。せっかくのセーラームーン以外の声優全員変更という要素が、このポイントのせいで台無し。

第1部でも基本的にセーラームーン以外の戦士の技が通用しないことが多く(マーキュリーは単体ではダメージを与えることすらできない)、戦闘に勝つためにはどうしてもセーラームーンの力が必要とされることが多かったのですが、第2部でパワーアップしてもそれが全く変わらないどころか悪化したのは、本当に意味が分かりません。

戦士があやかしの四姉妹に誘拐される流れが、戦闘で必殺技→無効→拘束される→セーラームーンが倒す→でも拘束解けない→誘拐、の流れの連続だったのは、ちょっとぐらい捻れと言いたい。

この誘拐により、第2部はほとんどのセーラー戦士がまともな出番さえない状態だったのですが、いざ救出されて終盤のブラックレディやデス・ファントムとの決戦になるとあっさり拘束されて戦線離脱したり、拘束が解けても狼狽えるばかりでセーラームーンのピンチや攻撃に加勢すらしなかったり、さらに惑星ネメシスでの最終決戦に加勢しようとしてもクイーンセレニティに阻止され置いてけぼりという、もう何のためにいるのこの人たち?

終盤の置物っぷりを抜きにしても、第1部で前世の恋人が死亡したことがその後完全スルーだったり、誘拐前に個々の交友関係や設定を見せて話を展開するも誘拐されて出番なし&未来が主な舞台のためまるっきり拾われなかったりで、個々人のキャラの掘り下げもうまく行われたとは言えず、ひたすら没個性の空気。

あえて言えば水野亜美/セーラーマーキュリーは、高いIQの設定を考慮したのか専用アイテムのゴーグルで相手や状況を分析・解説する役目で、それなりに他のメンバーに比べると目立っていましたが、それが話を膨らませたり特別な面白さを生むわけでもありませんでした。まあ、無いよりマシ、程度の演出です。

多分マーキュリーのこれは「他の戦士と違って単体で敵を倒せないので、バランス調整の配慮」の気もしますが、既に述べたように攻撃可能な他の戦士も敵を倒せないので、マーキュリーの分析場面が一番目立つ結果に(^^;

またセーラームーン一強のバランスが、より主人公の力の絶大さ=正しさの象徴であることを強めているフシがあり、それがさらに「うさぎには好感が持てないのに、うさぎは作中で正しい存在だと無理矢理持ち上げられる、それは暴力で全てを吹き飛ばせるから」という印象を強めてしまいました。

いろいろ考えた結果、『セーラームーンCrystal』をヒーロー番組として見た場合に、彼女たちが示した理念は「人々が一体になって永遠に生きることを正しいものとするために、それに都合の悪い悪は暴力で徹底的に粉砕する、そうすれば絶対に全てが善になる」という、

「イノセント」理論。

……『ハピネスチャージプリキュア!』はそう考えると、この手の美少女バトルアニメとしては原点回帰していたのかもしれない(^^;

正直、全体的に飛びぬけて面白いと言えるエピソードがないのですが、あえて面白かったのを挙げるとAct.16「誘拐-SAILOR MERCURY-」。

伏線など無い唐突感満載の設定が多く登場する話でしたが、無理なく設定を出した上で展開・演出もしっかり構成。全体的に色々歪んでいる本作の中では、多分脚本・演出双方ともに一番まとまった出来なのではないかと思います。結局、美味しいところはセーラームーンが持っていってマーキュリーは誘拐されますが!

ぶっちゃけ一番面白かったのは本編ではなくニコ生特番での声優陣によるアフレコ。

公開生一発撮りなのに、きっちり息の合った掛け合いを続ける声優陣のみなさん(特に三石さんが小清水さんと「ひええ~ごめんなさい~!」って同じセリフをハモらせたの、凄かった)が、本編よりも弾けていて楽しそう。

金元さん(水野亜美役)の「それはね、ただの逃避よ!」「さあ、死んでる場合じゃないわ!」は、セリフ自体のキレと金元さんのテンションが完璧にマッチしていて、ここ数か月の金元さんの演技では一番強烈だったかもしれない(笑)

原作知名度やアニメスタッフの実力への期待に反して、非常にガッカリさせられた作品でした。