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仮面ライダーゴースト2話感想

仮面ライダーゴースト』の感想。

  OP、爽やかというかしっとりした印象で、前作のような熱さや勢いは抑え気味。しんみりした雰囲気だけど、歌詞聞くと「命」「人生」についてのテーマを押し出していくつもりなのでしょうか。

 以下は本編の感想。

 

 最初に書いておくと、ひ ど か っ た 。

 冒頭からいきなりタケルの実体化・突然の消失現象について一応は情報を共有していることが判明。これは無理に引っ張るより早い段階で決着付けた方がいい問題で、かつ日数を置くことで一応は納得できるようになっています。

 眼魂を見つける条件が英雄に関するもの、英雄への想いを持った人、そして眼の紋章だと示され、さらに仙人のささやきでひらめく御成、修行僧を使って探偵として情報収集。

 主人公の状況を一応は理解できる人間としての御成、逆に主人公に思いを寄せているから主人公を想うが現実は信用できないアカリの二人を置くことで、主人公サイドの活性化を図ろうとする試みだと思いますが、過剰すぎる。

 とりあえず御成はこのうるさいままでもまだよしとして(それをタケルの口から「良い人だけど面倒くさい」と言わせちゃうのはよくないと思いますが)、問題はアカリがかわいくありません(笑)

 科学的な側面からものを見る割には、異様に視野が狭くて「見たものしか信じない」というより「正しい知識を持っている自分が絶対正しい」という風に見えます。

 御成の方もゴーストの存在については同じように考えているので、互いに全くの正反対からぶつかっている空気はギャグにしても正直気持ちいいものじゃないし、視聴者からすれば御成の方が正しいのは明白なので、アカリの印象は悪くなるばかりです。

 おまけに科学がどうとかいいながら電気をバチバチ飛ばしている謎の機械に笑顔浮かべつつ素手(腕まくり!)で触ろうとするシーンがあるのですが、諸田監督は一体どういうつもりでこのシーンを撮影したのだろうか(^^;

 まあそんな印象悪いアカリにせめて好印象を持たせようと、タケルのことは一心に信じ続けるという設定を付加したのだと思いますが、現実にタケルが「99日で眼魂15個集めないと死ぬ」って話をしてもやっぱり眼魔は信じないわけですし、全体としてバランスが悪いです。

 「タケルが奇怪な状況になっているのは見ているので信じるしかない」「でも眼魔は見えないので信じない」「でもタケルは幼馴染だから信じる」と、「でも」が二回続いてしまっているため、信じる/信じないの線がややこしくなっています。

 おそらく対になるキャラとして置いたつもりの御成は、タケルの状況も眼魔の存在もタケル個人のことも全部信じているので、対になってませんし。

 そして、第1話でやけに強調していた「幼馴染だけど年上」という設定は、早くも第2話にしてメリットを失っています。

 タケルより年上という設定は、その年数分だけ精神面の成熟や知識・力の強さなど、どこか一点でもタケルより優位の存在であることを示すことで発揮されるものなのですが、そんな要素をアカリはまるっきり見せませんし(タケルと比べて落ち着いた精神を持っていると思えず、また知識や思考が明らかにおかしい)、それに加えて「肝試しで怖がるアカリを引っ張るタケル」の回想が入るのは、何をしたいのか(^^;

 年上を強調するアカリが実は弱い人、としてそのギャップの上にキャラを立たせるつもりかもしれませんが、まず「強いアカリ」が明確に見えるまで話を積み上げないと「アカリは実は弱い」という部分は全く効きません。少なくとも、第2話でやるような話じゃない。

 おまけにその点で見ても、御成もタケル(とアカリ)より年上(以下略)

 というか、年上幼馴染設定を活かすなら、アカリが御成のポジションに収まるのが絶好の配置だと思います。眼魔もタケルもとにかく全部信じることで一本化し、タケルが困れば即座に「自分に任せろ」と動く、となれば、だいたいアカリ関連の問題は片付いちゃうので。その上で何話か話が転がってから、アカリの弱さとか一直線にタケルを信じる危うさとか、そういうところに突っ込んでいく、と、きれいに収まるのですが。

 そんなわけで、今のところ本作のヒロインは御成。

 

 で、タケルもまた「人の命は大事」「人の夢を踏みにじる者は許さない」を貫く正義感強い少年ですが、その理由づけは父の存在とその死に寄っており(と思われるのですが)、そこはもっと掘り下げてもらいたいところ。逆に言うと、掘り下げが足りない現時点ではいくら並べても薄っぺらく見えてしまうなあ、とも。

 特に後者は現行のニチアサ作品(『ニンニンジャー』『プリンセスプリキュア』)がみんなそのテーマで統一されているため、言わされている感が強いです。

  1時間30分の枠の三つの番組全部が同じテーマで同じことしか言わないとなると、まず子供向け番組としてそれはどうか、と感じますし(子供たちに伝えたいことが凝り固まっているのは、正直不気味)、なんで仮面ライダーやってんの? と思いたくもなります。それも、わざわざシリーズ未経験の脚本家引っ張ってきておいて。

 勿論、作品単体だけで見れば問題は無く、きっちり積み重ねて丁寧に示せるならいいのですが、3クール終盤に差し掛かっている先の2作と違い、本作は始まったばかりの段階でいきなりこれなので、不安。

 さて、今回の事件は発明家の園田さんがエジソンに憧れて、眼魔のそそのかしを受けて転送装置を開発したことから、謎の停電などの怪事件が発生したという流れ。しかし転送装置の正体は、眼魔ゲートを開く装置だった!

 眼魔の目的はとりあえず「ゲートを開いてこちらの世界に来るために眼魂が必要」でいいのかしら。

 転送装置は作動するとオフにできない仕様という子供でも分かるレベルの欠陥品設定に、「エジソンになりたいんだろ?! 英雄は命を燃やして生き切った人間なんだ! ここで諦めちゃエジソンに恥ずかしいぜ!」と精神論で止めるよう説得するタケルは純粋さとバカさと唐突さが色々入り混じっていて、頭が痛い(^^;

 その結果エジソン電球に宿った光から眼魂を取り出すが、それを奪う雷眼魔が巨大な怪物に変化! アカリを捕まえて逃げ出し、追いかけるタケル!

 容赦なく発砲。

 通用せず、それとは別にアカリが落下したのをユルセンが舟で助けますが、当たったらどうするつもりなのか(^^;

 ユルセンの持ち出した舟・キャプテンゴーストはバイクと合体してイグアナ型メカになり、怪獣眼魔と対決。それと別に大目玉で眼魔ゲートをふさぐゴースト。眼魔はイグアナにエジソンをはぎとられ、エジソンはゴーストの新フォームに。

 雷を吸収する能力を得たゴーストはあっさり眼魔を撃破、園田博士は眼魂をタケルに譲ることを決め、さらに謎の男が「エジソンを召喚してヒントを得れば大発明ができる」とそそのかしたことが転送装置発明の原因だったと話す。そして、御成発案により寺は怪事件を集めて調査する場所にされるのであった。

 探偵役として御成と修行僧を置くことにより、タケルが調査する時間や頭脳労働をそちらに丸投げできるようになったことで他のドラマに使う尺が増える、という点でこの構造は便利だと思いますが、今回見る限りどこまで生かせるかは怪しいところ。

 事件後の園田博士の処遇とか、命に関する倫理観の不透明さなど、投げっぱなしの懸念事項が積み重なってしまっており、非常に不安の強まるパイロット版。

 今後の作品の指標となるために、この2話の出来が悪いのは非常に厳しいです。