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仮面ライダーゴースト5話感想

仮面ライダーゴースト』の感想。

 いきなり残り日数が30日も飛んでいることに困惑する私(^^;

 話を見る限り、時間がこんなに経過した設定にした意味も全く見えなくて、なんなのでしょうこれ……。

 学校をつぶして市役所庁舎にする計画に反対する市民たちを襲う眼魔。それを倒すため向かうタケルだが、信長眼魂を奪った仮面ライダースペクターと遭遇。英雄の力を借りたりせず利用すると述べるスペクターは、未熟で弱いタケルを倒し、エジソン眼魂を奪い取る。

 「返せ! 俺は負けない……みんなの命を守るために、戦うと決めたんだ!」

 「自分の命も守れなかった男が、みんなのために戦うだと?」

 「決めたんだ!」

 「だったら! お前は他人のために自分の命を諦められるのか?

 ……なんで?

 あの、前提条件としてなんでその両者が天秤に乗っているのか、さっぱりわからないよ?(^^;

 確かにタケルの行動原理には「人を守る」と「自分の延命」の二つが混ざっていて、この両者を「タケルのゴースト狩りを正しい行いと主張していいのか」という問題に置くところでは相反するのですが(それが第3話)、そこの問題が提起されない状態、つまり「ゴースト狩り=善」で固定されている現状だったら別にこの両者を選択する意味が全く存在しないのですが。

 どうしても意味が分からないので考え込んだのですが、私、この2回で人の命を救ったときにしずくが落ちる演出もあって、「タケルは自分の命を人に分け与えることで救っているのではないか」と推測していましたが、もしかしてこれのこと?

 それはあくまで私の推測であって劇中で描写されていないし、タケルもその情報を持っているとは思えないしで、流石にそういう話ではないと思います。

 仮にこの設定が本当であって(それを30日も時間が飛んでいる間に知ったとして)それ故天秤にかかっているのだとしたら辻褄は合うのですけど、んなのあまりに視聴者に委ね過ぎです。何話もかけて物語を積み重ねていく意味、というものを完全に放棄しています。

 そこをすっとばしても、タケルは第1話時点で我が身を顧みず眼魔に突っ込んでいった(そして死んだ)人で、前回も眼魂より真っ先に人命救助を優先したのだから、そこで揺れるのがさらによくわかりません。

 何度か主張してますが、フィクション作品のリアリティは「現実のルールと同じ動きをする」ではなくて「その世界でその倫理や現象が成立するということに説得力がある」であって、本作には今のところそういう工夫が欠片も見えません。

 ボロ雑巾のごとく扱われたタケルは、視聴者の建設計画者が実は眼魔に操られており、それを追いだして倒そうとするが、銃眼魔が御成とアカリを人質に取って襲い掛かる。

 こっちはきちんと「選択」が成立しているのですが、すると先ほどの電波問答はこのやりとりのための前フリなのでしょうか。だとしてもあんまりに雑すぎます。

 横入りして銃眼魔を倒したスペクターはニュートンを奪おうとするが、キックのぶつかり合いでタケルが奪還。平気なスペクターはとどめを刺そうとするも、御成がうるささを発揮してやる気を削いだために撤退(笑)

 劇中視点でこういう扱いに持っていかれるとは思いませんでした。

 事件解決に見せかけて眼魔は目的を果たしていたこと、眼魔を繰り出す青年とスペクターが親友らしきこと、そしてスペクターは誰かのために戦っていることが示唆。

 スペクターはオーソドックスに「お前は甘い」とか言いながら実は自分が一番甘いってタイプに見えますが、ひょっとしたらタケルが自分の命のために戦っているのに対してスペクターは死んだ友人を復活させるため、とかなのか。

 次回はベートーベン。で、脚本は毛利亘宏さんが担当されるそうで。『ニンニンジャー』見る限り、誰かを落とす系統のギャグが苦手っぽい一方、主役キャラにピンポイントで好印象を持たせるのは上手い印象で、タケルにうまく作用してくれればいいのですが。

 浮き沈み激しい人だと思いますが、個人的に現行のニチアサだと毛利さんと香村純子さんは結構買っている脚本家なので、上手くいってくれれば……でも正直、本作は脚本以外の諸々にどうにもならないゆがみを感じていて、どうも不安の方が強いなあ……。