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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

Go!プリンセスプリキュア41話感想

『Go!プリンセスプリキュア』の感想。

  前回見た炎の城のイメージをスケッチするゆいに、みなみは美術館で開催されるコンクールに応募してはどうかと提案する。コンクールの題材は笑顔であり、それに応じた絵を描こうとするも悩むゆい。

 ゆいの絵と並行して、カナタは再びホープキングダムに向かったことと料理のプリンセスレッスンが行われるのですが、両方とも話に関係ないことをいきなり繰り出してくるのでどうも流れを途切れさせた印象に。

 そして、また一人でレジスタンス活動ですかカナタ王子!

 せっかく4人もプリキュアがいるのに、その手を借りずただ一人向かっていく王子は男らしいと言えばらしいですが、「仲間と一緒に」とはなんなのか(^^;

 ゆいはプリンセスを描こうとするも、それではもっと美しく描ける人がいる、奇を衒えば見る人が笑顔にならない、そもそも本当にプリンセスが題材でいいのか? と悩み続け、翌日ははるかのケーキを食べつつ外で描こうとするも白紙のまま。

 「何を描いているのかしら?」

 現れた望月ゆめ先生。

 この人、確か正体判明(トワ編入)の時は「生徒会長でさえ会ったことがない謎の人」だった気がするのですが、普通に学園内を歩いてました(笑)

 「そんな顔していては、見えるものも見えなくなってしまうわ。あまり思い詰めないようにね」

 悩みを打ち明けるゆいに笑顔でアドバイスする先生だが、ゆいは周囲の夢を目指して頑張る生徒たちを見てますます落ち込み、自分は置いていかれているのではないか、このままで本当に夢が達成できるのかと悩み始めるのであった。

 ここでこれまでプリキュア達が助けてきた生徒が、各々頑張っている姿を見せることで出演。……ゆうき、腕治ったんだ(笑)

 「私、やっぱり今回はコンクールに出すのやめることにしたんだ」

 協力してくれるはるかたちに謝罪し、席を立つゆい。外に出たゆいは望月先生が青空絵画教室を開催しているところに遭遇。

 「時折こうして、子供たちに絵を教えているのよ」

 この人、本職はいったいなんなのか。

 思い付きで楽しそうなことやっている気がするのですが、自由すぎるぞ……。

 ゆいは一人の少女が「こっちの方がかわいい」と自由な色遣いで花を描き絵を楽しんでいるのを見て、笑顔を取り戻す。

 「それで、コンクールの絵の方は順調かしら?」

 「それは……実は、諦めようとしてました。コンクールで入賞することばかり考えて……それで、大切なことが見えていなかった。忘れていたのかもしれません。絵を描く楽しさを」

 自力でスランプを脱したゆい、望月先生に頼んで絵を書きはじめる。

 展開としては「一番になることばかり考えて本質を見落としていたところを、子供たちのために見つめ直して立ち直る」というテンプレもテンプレでいうことないのですが、ここまで本作で貫いてきた「自分が目指したことを裏切らない」という部分は一貫しているのでよし。

 ……まあ、私としては「一番になることを否定する」という展開について、前作の同じ脚本家の回ですっごいトラウマがあるので、素直に受け入れにくいですが(^^;

 気になって調べたら、件の問題回とコンテまで全く同じ人でした!(笑)

 脚本の高橋さんなのかコンテの入好さんなのかわかりかねますが、「一番になることよりも、みんなで並んで協力し合って楽しく生きていける方がいい」という思想性(『世界に一つだけの花』みたいな)は、やりすぎると「個性の否定」につながりかねず、結構きわどいところ。

 そこにストップとフリーズが現れ、子供たちから絶望を奪おうとするが、それを庇ってゆいがまた絶望の檻に閉じ込められそうになる!

 都合3度目のゼツボーグ化ということもあって抵抗するゆいだが、抵抗むなしくゼツボーグになり、そこにプリキュア飛来。

 「さあ、子供たちを安全な場所へ! ここは私たちに任せてください」

 先生を逃がそうとするフローラだが、

 「ダメよ! もう誰も犠牲になんてさせないわ!

 犠牲

 プリキュアでその単語を聞くことになるとは思わなかった……(笑)

 ゆいが素体だと知るプリキュア達は、先生から逃げるよう促されるもゼツボーグに立ち向かえるだけの力があることを見せたことで先生は納得。

 「すぐに助けを呼んでくるわ。無茶をしてはダメよ!」

 うーむ、この世界の大人たちはなんでこんなに勇敢なのだろう(笑)

 力はなくても、子供より先に戦うべきは大人や男! それが世界の定め! みたいな。

 子供の在り方と大人の存在と言う点で振り返ってみたのですが、柴田プロデューサー体制のプリキュアシリーズ(ドキドキ、ハピネスチャージ)にはどこか「世界には共通の大きなルールがあり、それに素直に従い疑いを持たないのが理想の子供の在り方」みたいな意識が見えて、個人的にその空気が合わなかったことからこの2作は評価してませんし、特に『ハピネスチャージ』はそれでいて世界のルールがガタガタにブチ壊れていたから作品として破綻しており、かつ主役のヒーロー性も消え失せた、と見ています。

 それに対し、本作は基本的に「夢は個人のそれぞれに宿るものであり、それを目指して頑張る」ことを理想として掲げているのですが、では「子供たちがそれぞれの夢を自由に抱き追えるようにするには、どういう世界が必要なのか?」という問いかけが同時にあり、その答えとして出てきているのが今回のカナタ王子や望月先生のような勇敢で勤勉な大人なのではないか。

 前作は年齢層をやや高めに設定したので、本作は旧来通りに下げて設定したという話は聞きましたが、こういう細かいところで大人(視聴者の親)に向けたメッセージを組み込もうという意識があるのかもしれません。

 絶望の檻の中、深い闇に飲み込まれながらも、ゆいは聞き、そして見る。自分を救おうとするプリンセスたちの戦いを……

 と言うとかっこよくなるのですが、実際の絵だとここ数回頑張りすぎた反動か戦闘が省エネ状態になっており、まったり動く感じになっていて残念ながら迫力ありません(^^; ついでに作画も全体的に崩れ気味でアップのシーン以外は微妙な感じです。

 「ゆいちゃんの邪魔はさせない!」

 「そうよ、真剣なゆいの夢を!」

 「何度も何度も邪魔をして!」

 「許せませんわ!」

 その戦いを見たゆいの眼に光が戻り、立ち上がる。

 「そうだ……私が描きたいものは、私にしか描けない、強く、優しく、美しい、プリキュアの姿! 出なきゃ、ここから!」

 檻に手をかけるゆい、こじ開けようと力を振り絞るとゼツボーグが弱まり、その隙を突いてプリキュアがグランブランタンでKO。

 ここまでやるならもっと明確に弱くなったのを見せてほしいのですが、肝心のゼツボーグの強さが普段と比べて驚異的に違うというセリフも描写もなく(ゼツボーグは強化されてないので、依然同じ強さのはず)、最強技のグランブランタンでなくても撃破可能な気がして、ゆいが立ち上がったのが決定打になったという印象が薄れてしまったのは残念。

 「自分にしか描けない物語を描いて、夢の力と夢を守ることの大切さを伝えたい」

 回を追うごとに具体的になるゆいの夢、こうして立ち上がったゆいは再び絵を描く決心をするのであった。

 遅れて望月先生到着。……助けと言いますが、学校の先生たちばかりで人数も望月先生含めて4名と、これでどう戦うつもりなのだろうか(^^;

 まあ、白金さんとテニス部コーチは素手で格闘できそうな見た目してますけど!(笑)

 「もしかしたら、噂のプリンセスかもしれませんね」

 「噂?」

 「夢を守るために戦うプリンセスたちがいるという噂が、生徒たちの間であるんですよ」

 「夢を? ……そう」

 空を見上げて微笑む望月先生ですが、ノーブル学園の設立のきっかけとかそのあたりの設定と何か絡んできそうな気配。やはりホープキングダムと何かしらの関わりがあるのでしょうか。その割にフローラたちに逃げるよう警告してたのは不思議ですが。

 コンクール当日、プリキュアを題材に描いたゆいの絵「夢の虹」は佳作に選ばれるのであった。

 「良かった、描けたのね。とっても素敵」

 綺麗にまとまっていたとは思いますが、途中でも書いたように「個性の尊重」と「上位を目指すために努力することの放棄」のバランスがかなり危ういところで、ちょっと困った話(^^; これはもう、前作から脚本とコンテの方が自分に合わないので仕方ない、という好き嫌いレベルですが。

 次回、きららの夢とプリキュアの選択。