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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

Go!プリンセスプリキュア47話感想

アニメ感想 プリンセスプリキュア

『Go!プリンセスプリキュア』の感想。

 寮でお茶会を開いているはるかは、窓の下に雪の中でけなげに咲いている花・スノウドロップから雪を払ってやる。その後、カナタの呼びかけに応じてホープキングダムの花の城へ。イバラがすでに退いているという異変が起こっているその城で、はるかは鳥に誘われて城の発する光に吸い込まれてしまう。

 誘い込まれたはるかはドレス姿で城の前にいた。王子と共に憧れのプリンセスとして城の生活を満喫するはるかだが、紅茶を入れようとしたところを王子に拒否されたことで不安を抱え始める。

 「大丈夫です、レッスンしましたから!」

 「レッスン? ……プリンセスにはそんなもの、必要ありません」

 「レッスンが必要、ない……?」

 それははるかを幸福と怠惰の世界に落とし込むことで行動不能にする、ディスピアの罠だったのだ!

 即座に「なまけ玉」(『スマイルプリキュア!』)を思い出した私ですが、本作ではあちらと逆にメイン格であるはるか一人だけが取りこまれるという形に。

 王子と共に花畑に来たはるかは、一面ピンク色の花畑の開いたところに種を植えようとするが、つかんだ種は勝手に飛んで地面に埋まり、即座に花を咲かせた。

 「どうして……どうしてすぐに花が咲くの?」

 「何故そんなことを? 花が咲いたのだから、それでいいでしょう。種はすぐに花を咲かせ、永遠に枯れない。ここは、幸せ溢れる国なのだから」

 この世界の幸せを告げ、それこそはるかの望んだ夢だろうと述べる、王子と鳥。だが……

 「花は……花は、花は……こんな風に咲いた?」

 スノウドロップを思い出すはるか。

 「違う……これは花なんかじゃない。きれいに咲くから美しいんじゃない。花が美しいのは、土に根を張り、太陽の光に手を伸ばし、寒さに耐え、葉を広げ……そうやって、いつか美しく花を咲かせようと頑張るから。自分の力で精一杯努力して……はっ?! 自分の、力で……」

 途端に枯れる花、灰色に変わる世界、なおもこれがあなたの夢だ、と語りかけてくる鳥。

 「違う! 私の夢はこんなプリンセスじゃない! 何の努力もしないで叶う夢なんて、夢じゃない!」

 ……うーん、言いたいことや描きたいことは理解できなくもないのですが、ちょっとこの辺のセリフはまずいんじゃないかなあ。

 一応、本作のテーマは「努力の肯定」と「個性の尊重」がメインで貫かれてきていて、その点ではるかの発言は確かにここまでを踏まえた内容ではあるんですが、問題なのは「これは花なんかじゃない」と言ってしまったこと。

 確かに己の定めた夢に努力をすることは重要事項ではありますけど、では努力をしない者の存在は認めてはならないのか? って疑問が浮かんだ時に、その通りだと肯定してしまうような印象に映ってしまいました。

 個性の尊重をテーマとして掲げるのであれば、努力してようがすまいが存在の肯定そのものはするべきであって、「花じゃない」という存在の段階から否定してしまうはるかのセリフは、明らかに行き過ぎです。

 映像も含めて考えてみたのですが、本来問題視すべき(しようとしていた)なのは

 「どうして努力もしない花が咲くのか」

 ではなくて、

 「どうしてここには同じ花しかないのか」

 「スノウドロップはどうしてここにないのか」

 ではなかろうか。

 そこにポイントを置くと、王子たちとこの世界は「努力しないと花を咲かせることすらできない役立たずなど存在しない」というものとなり、それに対する反論とすれば筋が通る展開になりますが。

 はるかの叫びと共に、王子も花も世界も、黒い影となって砕けて消え、鳥は正体を――クローズの姿を現す。

 「ディスピア様の作戦は失敗か……だがこんな予感はしていた」

 変身したはるかは城から脱出し、クローズと激突。メツボーグと戦闘中の他三名は捕まってしまい、一対一で戦うキュアフローラ。

 「あのまま幸せに暮らしていれば良かったのに!」

 「あんな世界、ちっとも幸せじゃない! やれることは自分でやりたい! そのためにレッスンだってやってきた! それがきっと、私の夢に! 本当のプリンセスにつながっているから!」

 ここで、レッスンが単なる話を成立させるためのノルマではなく、テーマにきちんと絡めてきたのは良かったところ。

 「下らねえ!」

 フローラを地面に蹴り飛ばし、取っ組み合うクローズ。

 「お前の夢ってなんだ? 本当のプリンセスってなんだ?! キーが全部そろっているのに未だにグランプリンセスにもなれてねえ! どうすればなれる? いつなれる?!」

 動揺するフローラ。

 「そうだ……お前の夢なんて本当はどこにもない。終わりのない夢を、お前は追い続けてるんだ!」

 「終わりが……ない?」

 クローズはフローラを投げ飛ばし、エネルギー玉をぶつけるが、それを受け止めるフローラ。

 「終わりがない……そう、私の夢に終わりなんてないんだ!」

 「?!」

 「私の夢は、大地に咲く花のように、強く、優しく、美しくあること。たとえどんな苦しみや悲しみの中にあっても、ずっとずっといつまでも、強く優しく美しくあり続ける存在。それが、私がなりたいプリンセス!」

 強く優しく美しくなりたい→そのために努力する→より強く優しく美しくなれる→絶望に落ちる→強さと優しさと美しさで乗り越えるため努力する→より強く優しく美しくなれる→絶望に落ちる→強さと優しさと美しさで乗り越えるため……

 凄まじいぞ、人間永久機関(笑)

 絶望を消し去るのでもなく、絶望があるから幸せがあるのでもなく、逆に幸せの裏に絶望があるとするのでもなくて、別個の存在として切り離したうえで絶望に対抗するには今より強く優しく美しくならねばならない、だから努力が必要だしその原動力が夢なんだ、と力技でまとめあげました。

 そして、はるか自身は努力すること自体を「夢」に組み込んでしまったために、絶対に終わることがないという恐怖の輪廻……!

 明らかに無茶なそれができる存在こそ真のプリンセスでありヒーローなのだ、というのは本作におけるヒーロー像として一つ納得ですが、はるかの超人っぷりがいよいよ突き抜けてまいりました。

 というかこれ、ドラゴンボール』の「修行」。

 初代から少年バトル漫画要素の入った女児向け作品という雰囲気のプリキュアシリーズですが、本作がここまで少年(ジャンプ)漫画になるとは思いませんでした。

 クローズを押しのけ、他のプリキュア&カナタを救出し、グランブランタンでメツボーグを倒して城を解放するフローラ。城から花が咲き乱れ、イバラの城は消え去っていく。

 ……花は、そういう咲き方をしないと思います(^^;

 前述したとおりの意図で話を組んでいると見れば、雪の中で必死に目を出す白い花→一面全く同じピンク色の花畑→フローラが解放した城から咲き乱れる色とりどりの花畑、という流れでこの演出もつながってくるんですが、脚本とコンテの間で行き違いでもあったのか。

 マーメイド「強く優しく美しく在り続ける、ね」

 スカーレット「何事も自分の力で成し遂げていく、それがプリンセスへの道」

 トゥインクル「あたしたちがやってきたレッスンも、そのためだったのかも」

 シャムール「イエ~クセレント! もう教えることは何もないわ。ユーたち、とっても素敵なプリンセスになったわね。」

 互いにこれまでの意味を確認し合うプリキュア達。

 残るは絶望の扉に閉じ込められた人々を解放するのみ。その扉を開けるのはグランプリンセスだけ。だがその時、空から轟くディスピアの声。

 「いいだろう、ホープキングダムはお前たちに返そう。だが絶望は、止められない……」

 そして、ノーブル学園上空に浮かぶディスピアの姿……。

 はるかの決意表明シナリオとしては39話でやりきった感があるためあれほどの盛り上がりは感じず、また途中、どうにも引っかかる部分があったのが気になって仕方無いのですが(残り話数から見てもおそらくフォローされないと思われる)、後半のキュアフローラ永久機関宣言で色々吹き飛ばしてしまいました(笑)

 次回、ロック復活が何故か推される予告ですが、どういう戦いに至るのか。