ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

手裏剣戦隊45・46話感想

『手裏剣戦隊ニンニンジャー』の感想。

 正直もう、主に作品の内容が原因で色々とまとめる作業にも疲れてくるぐらいの感覚になっており、打ち切ろうかとも考えたのですが、残りがこの2話と最終回の3話だけなので、最後まで書きます。今回2話をまとめて執筆するのは、1話ずつ別の記事にする気力が湧いてこないため。

 ※上記の事情があるため、かなりきつく感情的な部分が多々あります。ご了承ください。

45話

 いきなり回収されて家に寝かされている天晴が、巨大オボログルマを召喚させた雷蔵に苦戦している5人の救援に向かい、ゲキアツダイオーでこれを撃破するも逃げられるというところから開始。

 何故前もって試練を教えてくれなかったのか、それを考えるニンニンジャーに好天が孫たちを信じていないからだと告げる九衛門、もとい牙鬼新月

 「やつは君たちに事実を告げ、ラストニンジャになる決意が揺らぐことを恐れていたのさ。だから最後まで教えなかった。実際、君たちにはやつを倒す「覚悟」はなかったのだろう?

 ここにきて、ラストニンジャの条件である「覚悟」が押し出されてきますが、その問題は後述。

 新月に手裏剣忍法を繰り出すニンニンジャーだが、元来の新月は伊賀崎流忍者であるがゆえに封じられてしまう。そして新月は、ラストニンジャ好天を倒すため妖怪の力を手に入れたという経緯を語る。

 妖怪化アイテムの小槌は好天の所有物だったことが判明して、物語における好天の帰責度、さらに上昇。

 人の身を捨てるほどの覚悟を決めた自分はお前たちと覚悟の次元が違う! と攻撃を繰り出すが、逃げられる新月。ニンニンジャーは新月対策を考えることに。

 「目的や手段はともかく、ラストニンジャになるために人間であることを捨てたんだ。並大抵の覚悟ではできんだろう」

 「……そうでございやしょうか?」

 八雲たちの抱く新月のイメージに違和感を覚えるキンジ。彼がキンジに接近したのは同じ闇……心の弱さを抱えており、それに親近感を覚えたからだと思いだすキンジ。

 今回の問題点その1、ここで新月とキンジが同じ「弱さ」を抱えているという展開に無理がある。

 何故かというと、牙鬼久右衛門新月の心の弱さの「理由」が描かれていないから。

 キンジは非常に雑な展開でしたが「父と兄の死を目撃したトラウマで心の弱さを抱えてしまった」と理由づけがされており、ここのポイントが重なっていないのにこの両名の「心が弱い」のが全く同じものである、としてしまうのが強引過ぎます。

 内実が違う(少なくとも同じとは言い切れない)のに無理矢理同じものにしてしまっているのですが、新月の弱さの理由は視聴者に対してさえも説明が一切入らないし、その上でここ数回キンジの「心の弱さ」が呼んだ問題を描いてもその原因そのものにはちっとも触れる気配がない(当然今回も触れてきません)のは、描いている側もそれを理解しているから無視して強引にまとめようとしている、と見え、この一点だけでも本作のスタッフは不誠実だと思います。

 ニンニンジャーが新月との対決に向かい、旋風は一人手がかりを探しに家を探索。そのころ好天は一人で幻月と対峙していた。

 「あの時のわしの力では、貴様を倒すことは不可能じゃった。故に、貴様を仮の形で封印するしかなかったのじゃ」

 かつて新月に対して「あえて封印しなかった」と述べた好天、実際は普通に力不足で倒せなかった、と判明。

 この設定をこの段階で引っ張るのはもうめんどくさいので、やっつけで台無しに処理した感じがするのですが、好天を下げるとラストニンジャの格も連動して下がるので、それを目指す天晴達も落ちる、という連鎖爆発を起こし、すごい勢いで精神を削られていきます。

 上級手裏剣忍法連発で大怪獣バトルかと言わんばかりのド派手戦闘で好天の株を上げようとするのが涙ぐましいささやかな抵抗にさえ見えてきて、力がどんどん抜けていく……。

 新月と戦うニンニンジャー。

 「まだわからないのか! ラストニンジャの力を手に入れ、終わりの手裏剣を使うのはこの僕さ! 僕と君たちとでは、違うと言っただろう!」

 「……そうでございやす! おめえさんとは違うに決まっていやす!」

 「君に言われたくないな」

 「妖力の凄まじさを知ったあっしだからこそ、わかりやす! 心に闇がある者は、目的のため、安易に力を求めやす! それがおめえさんの、弱さでございやす!」

 えー、目的のために力を求めること自体は、何にも間違っていないのですが。

 強大な力に頼ろうとして鍛錬を怠る、とかならともかく、力を求めることそのものを否定するような言い方を、どうしてするのか。

 この後キンジ自身が凪の忍法を基に手裏剣化し、それを使った天晴の忍術で新月を攻撃と言う連係プレーを見せるのですが、自分の力である浦鮫を天晴に任せる流れがやっぱりおかしいし、確かにこれが「誰にも思いつかない忍法」と言われたら納得できますが、これと同じことをした41話は先輩たちの強大な力に頼っての忍法でしたよね?

 積み重ねを拾ったつもりが、別の場所があまりに適当に転がされていたためそこが大きな穴となり、全てが虚空に消えていく。

 何度も思いますが、本作の設定の使い方は適当に転がしておいて、ちょっとたってから適当に説明したら回収完了と思い込んで満足、という凄まじい雑さなのを改めて思い知らされます。

 そのことで、自分たちは自分たちの行くべき道を選び、好天のやり方以外でラストニンジャになればいいと述べるニンニンジャー。

 「馬鹿め! そんな夢物語が、現実となるわけがないだろうが!」

 「夢なんて、最初から真っ暗で見えないんだ!」

 反撃に転じるニンニンジャー。

 「私たちは、確かにあなたに比べ、「覚悟」が足りませんでした!」

 「しかし貴様は、ラストニンジャの掟に縛られ、爺さんの世界から抜け出すことはできなかった!」

 「今、僕たちは覚悟を決めたんだ!」

 「私たちがすべきことは一つだけ!」

 「あっしらは、ラストニンジャの掟すらも越えやす!」

 「それでじいちゃんの先を! いや、違う道を行く!」

 えー、ここで今回の問題その2。

 だから、覚悟とは何か、定義はいったいなんなのか。

 ここにきてひたすら「覚悟を決めた」が連呼されるのですが、本作の世界において「覚悟を決める」とは一体何を以て定めるものなのか、そこが完全に抜け落ちています。

 本作で何度か示されてきた忍びの掟「恐れるべからず、悩むべからず、侮るべからず」を守るため、それを越える力として「覚悟」を置くのでしょうが、では「覚悟する」とはどういうものとして描かれてきたか。

 明確に「ラストニンジャに覚悟が必要」という話が出てきたのは37話でしたが、ここで示された区別が

 ・もっと被害を出すであろう妖怪を倒すため、被害を最小限とするべく子供たちを見捨てる→覚悟ではない

 ・唯一の対抗勢力である自分たちが死ぬかもしれない(むしろその可能性が高い)が、子供たちを救うため無茶をする→覚悟

 という、謎の基準。そこがはっきりしないのに、今回さらに覚悟に優劣がつくという話が飛び出してきました(^^;

 よくわからないのですが、新月の「妖怪になってまでも目的を達成する決意」が一応「覚悟」と認定された上で「確かにそれに比べると自分たちは覚悟が足りなかったけど、でも新月の覚悟も足りてない」って話でして、すると覚悟の基準は「自分が傷つくこともいとわない、というより目的のため自らを積極的に傷つけられる心を持てるかどうか」ってことでしょうか。

 目的を達成するのに自分を傷つけられないのは「覚悟」ではない→新月は「人間を辞める」という傷を負うだけの「覚悟」はできた→しかしそれでルールを脱却できてない→それは何故か?→心が弱いので「覚悟」が足りないから→俺たちはルールを変えるだけの強い「覚悟」をする!

 と、話を見るだけで意味不明だったのを何度も頭の中で考えて、こんがらがったのでこの場で書いてみて確認しながらようやくつなげました(^^;

 そこにたどり着くまでに、まず私は37話の感想でも書きましたがこの両者の選択をもって「覚悟」を定義するのはおかしく、この区別は別のものでつけるべきだと思っています。

 前者を選んだとしても、子供たちの命を見捨てた責任など付きまとうものを背負っていくなら、それは立派な「覚悟」でしょう。あくまでそれが「ヒーローとして正しいのか」が問題でして。

 「他人を傷つける訳にはいかない」というヒーローとしての正しさと「自分が傷つくこともいとわないのが心の強い人」という『ニンニンジャー』としての正しさを、全く重ならないのに無理矢理「覚悟」でひとまとめにしようとして大惨事

 要するに私、本作における「覚悟を決める」「心が強い」って

 「どうせ見えない夢への道なんだから、それを踏み出せるようになること」

 ではなく

 「見えようが見えまいが、誰でもない自らが地雷を平気で踏み抜きに行けること」

 にしか、見えません。

 そしてさらに、それを納得してもそこから進めた問題として「ではより強い覚悟を決められる人間になるには、どうすればいいのか」という問題が出てきますが、ニンニンジャーは「俺たちがこうだった」しか言わず、新月に向かってその答えを提示する気がありません。

 そしてその「俺たちがこうだった」は「家族がいて、ともに修行をしてきたから」であり、そうなると

 新月は心が弱いし、その弱さと向き合えないのが悪い→ニンニンジャーは弱さと向き合うために家族で修業を続けてきた→新月が弱さと向き合えないのは、修行してくれる家族がいなかったから新月には家族がいないのが悪い

 という、一年間話を通して出すのがそんな救いようのないあんまりな結論なのかと。

 そこで新月が家族を平気で踏みにじれる、ならいいのですが、むしろ新月は父親のために己の身を妖怪にする覚悟を決めた(それを「覚悟」とニンニンジャーが認めてしまった!)人で、下手するとニンニンジャー(特に勝利のために家族を囮に使う霞)以上に家族思いです。有明の方と萬月は利用しましたが、前者は血のつながりのない父の正妻、後者は血が半分しかつながっていない弟の上親不孝者とワンクッション置かれていますし。

 その点で例えば好天が新月を弟子にしたのは敵とか関係なく彼の父親であろうとした、ともできなくはないのですが、そんな話は全くないし、むしろあの狸じじいは新月親殺し必須なラストニンジャ修行に参加させるということまでやらかしています。

 考えれば考えるほど、歪みの原因は好天に向かっているような。

 新月を撃破し、旋風の忍タリティが出てきたところを、やってきた旋風(狸の中に何か発見したみたいだけど、結局新月相手の対策を見つけておらず、何故出てきたのか)が取返し、新月雷蔵により強制撤退。そして旋風の変化手裏剣が誕生する。

 万全の調子となったニンニンジャーは好天のところにかけつけ、ニンニンジャーの「覚悟」を知る好天は旋風に一番刀を授け、好天・旋風・天晴の親子三代アカニンジャー変身。決戦が始まる。

46話

 アカニンジャー三人と他5名の活躍により、幻月を倒したと思われた……が幻月は無傷で、さらに好天が背後からの新月の不意打ちを受ける。好天は体内に終わりの手裏剣を持っており、すでに死んだ肉体をそれで維持していたのだ。

 新月は終わりの手裏剣を得て変化し、好天を失い暗く沈む一家だが、旋風は好天が残した箱を家族に見せて開けることに。中から飛び出してきたのは好天の映像だった。

 「どーせしゅんと元気のない顔をしておるんじゃろ! 情けない……ただ、思い出して見よ! 一人一人が完璧でなくとも、互いに競い、時にぶつかり、補い、高めあい、そして支え合ってきた。6人が共にいたからこそ、どんな困難も打ち勝ってこられた。違うか? 6人いれば何も臆することはない。わしが消えたぐらいでくよくよせず、イケイケドンドンじゃあ! そして、やるべきことをやってこい! では、チャオ!」

 あー、うん…………あの、です、ね…………

 なんでここで、それを好天に言わせて、それを受けて天晴達が決断する、って展開にしちゃったの?

 そこを天晴たちが自力で(せめて最低限、そこで生きている旋風)越えていかなければ前回の「覚悟」とか「違う道を行く」とかがまっっっったく成り立たないのですが、これじゃあ最後の最後まで、この狸じじいの掌の上じゃねーか(^^;

 「私たちは、確かにあなたに比べ、「覚悟」が足りませんでした!」

 「しかし貴様は、ラストニンジャの掟に縛られ、爺さんの世界から抜け出すことはできなかった!」

 「今、僕たちは覚悟を決めたんだ!」

 「私たちがすべきことは一つだけ!」

 「あっしらは、ラストニンジャの掟すらも越えやす!」

 「それでじいちゃんの先を! いや、違う道を行く!」 

  何も越えてないし、先に進んでないよ!

 酷い。

 酷い。

 酷い。

 前回だけでも十分すぎるぐらいひどかったのですが、虚空の彼方へ何もかもが消え失せていきました。

 上で引用した45話のセリフ全て、最後に(キリッ ってつけてやりたくなりますよ!

 えー……この後立ち上がったニンニンジャーが牙鬼の城まで立ち向かい、天晴だけ新月のところへ、巨大な狐ロボを風花と凪が倒し、雷蔵は八雲が倒し(何のために生き返らせたのやら)、有明の方はキンジと霞が倒したら牙鬼がなんか吸い込んでいきましたが、その間の好天のセリフはもうなんか、ここに書いていちいち意味を精査するのが本気で精神削られる苦行にしかならんので、書きません。

 新月は天晴相手に終わりの手裏剣を発動。それによって世界中にヒャッカラゲがはびこり、ニンニンジャーは変身を解かれてしまう。それでもニンニンジャーは新月に立ち向かう意志を崩さない。 

 画面の前の私がもはや真っ白な灰と化している状態で、向こう側のみなさんだけ盛り上がっていて、次回、最終回。

 

 おまけ:好天の活動、個人的な印象でまとめ(赤字部分は話の内容と好天の各種言動から推測した、私の妄想)

若かりしとき、父を殺してラストニンジャを継ぐが、その先代を殺す制度に疑問を抱き、ラストニンジャルールの変革を決意

 幻月と対決。当時の自分の力では殺害できないので封印するが、死亡して終わりの手裏剣により生き延びることに。牙鬼復活に向け、後継者を育てるが、自分を殺さないでも幻月を殺せる実力(忍タリティ)を得られるものという都合のいい存在を望む

忍タリティ十分な旋風を後継者にしようとするが、一対一では同じ流れにしかならないと思ったので、毒を与えることも必要と思い、幻月の子と知りながら当て馬として九衛門を弟子に

毒が過ぎた九衛門、妖怪となった上に旋風から忍タリティを奪う。旋風、忍タリティを失ったことによりおそらく自分の望むラストニンジャ革命は不可能だと判断した好天に修行を打ち切られる。

旋風の子である天晴をはじめとする孫たち、修行開始。好天、自分の目指すラストニンジャ革命が今度こそ為されると確信。

最終段階、ラストニンジャになりたければ自分を殺してみろと天晴に迫るように見せかけて殺さない選択をすることを期待

家族全員で牙鬼軍団に立ち向かうも、終わりの手裏剣を抜き取られ今度こそ死亡。死後、天晴たちが新ラストニンジャとなれるようけしかける

  ……本作のゴタゴタの原因、半分以上は好天と言っていいと思います(^^;