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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

巨獣特捜ジャスピオン 第5話感想

巨獣特捜ジャスピオン』の感想。

 ヒドい話だなあ。

 冒頭、地球の風俗にまだ慣れないジャスピオンが「巨獣の生臭いにおいがする」と言ってその元をたどったら通りがかったシスターたちだとか女子トイレだったっていうギャグ展開、今回のエピソードが全体的に暗いのでクッションとして入れたつもりかもしれませんが、当時はともかく現代の視線で見るとセクハラ染みた内容で、素直に笑いにくい(^^;

 学校にて授業中、空に巨獣の幻影を見る少女さとみ。しかしさとみ以外に巨獣の姿は見えず、学校中の生徒から嘘つき呼ばわりされて陰湿ないじめを受けてしまう。

 嘘つき呼ばわりをしつこくされる背景には、さとみは交通事故で父を失っており、父がいない寂しさと悔しさを「父は海外にいる」と嘘をつくことで紛らわしていた、という話で補強してくるのですが、フィクションにしても、大勢の子供が一人の少女に対してカバンの中身をひっくり返して地面に叩きつけたり、買い物帰りに襲い掛かって買ってきた野菜を台無しにしたりという映像が続くのは、正直に申して吐き気がするぐらい面白くありません。

 そんなさとみに忍び寄るマッドギャランは、彼女の見る巨獣は父の転生した姿であり、会いたくなったらこれを吹けばいいと笛を渡す。春田純一さんの機械的なしゃべりが怪しげな雰囲気を醸し出していて、ここの演技は好印象。

 マンモス型の巨獣はその笛を通じてさとみの負の感情を餌にする異次元巨獣で、さとみはいじめっ子から逃れるためにその笛を吹いて巨獣を呼び出したりするが、頭の悪すぎるいじめっ子どもはそれでもさとみを追いかけ、あわやトラックとの交通事故寸前にしたうえで大笑い

 ひたすら少年たちを悪辣に、かつさとみに同情させやすく描くのですが、今回のエピソードのまとめを見る限りさとみの行動は正当化されるべきではないはずなのだから、明らかに行きすぎです。

 事故で父を失った記憶と、交通事故に遭遇した恐怖は、ついに巨獣をこちらの次元に呼んで暴れさせるほどに。さらにサタンゴースがそれを狂暴化させ、逃げるいじめっ子とトラックの運転手。ジャスピオンはマッドギャランの攻撃を振り払いつつ、さとみの笛を破壊して、巨獣をダイレオンで撃破するのであった。

 こんな回なのに、ダイレオンの挿入歌が初使用。

 巨獣の恐怖は去り、「さとみさんのお父さんは巨獣なんかなったんじゃないよ」と、星になったんだと告げるジャスピオン。

 その指している星が落ちていく流れ星なのは目を瞑るとしても、本来地球を支配するほどの一大勢力であり、この星に生きる生命でもあり、ナマゲラスのように悪じゃないものがいると判明しており、かつ自分がそれに育てられたという背景を持っているのに「なんか」呼ばわりですかジャスピオン。

 今回に限っては異次元の存在なので、完全に別個の扱いなのか?

 「さとみは、星空に父を見た。それ以来、たくましく明るい少女になった。だが、サタンゴースは人間の心をも悪魔にし破壊しようとしているのだ!」

 とナレーションが強引に既成事実にしてまとめようとするのですが、結局いじめの問題は何も解決していません。

 あえて言うなら、さとみがたくましくなったのでいじめが無くなったという話なのでしょうが、それって要するに「今回のいじめを始めとした騒動の原因は、さとみの心が弱いことにあった」という話の裏返しであり、「いじめられる側に問題がある」と言っているも同然だよね、と。

 もう上に述べたように、さとみが嘘つきだとか関係なく、いじめっ子側があんまりに悪質すぎるので、そういう主張をされても説得力が全くないのですが。

 30年前の作品なので今と問題に対する意識が違っているのでしょうが、そういう論法を振りかざすこと自体が自分としてはイヤですし、そういった個人や家庭の問題にはジャスピオンが一切介入せずを貫くのが悪質。

 いやもちろん、ジャスピオンが家庭とか個人レベルの問題に手を出せないのはヒーローの力の使い方の美学として、それを押し通すこと自体は一つの主張として問題ないのです。ここでいじめっ子をジャスピオンが殺したりとか、巨獣に襲われるいじめっ子を見殺しにしたりとか、そんな卑怯なことをしたらそれこそヒーロー失格、という話なので。

 ですが私、このブログを開設してから『シャイダー』『オーレンジャー』と見てきて、上原脚本にそういう話が続いているのがどうにも引っかかってなりません。あくまでヒーローができることは大衆の正義を為す――強大な敵を倒すことだけであり、後の問題はどれだけ大きかろうが助けられた人が勝手に処理しろ、と投げっぱなしにするという。

 『帰ってきたウルトラマン』の有名エピソード「怪獣使いと少年」に代表されるように、そこを”ヒーロー”の軸に置いたうえで、万能ではない人間がヒーローであるということはいかなるものか、正義を為すとは何か? という葛藤を描くのは上原さんのよく扱うテーマであり、十八番といえるものではありますが、ここまで続くとむしろヒーローに対して悪意があって「ヒーローは家庭に関せず」を逆手にとった皮肉なホン書いているんじゃないか、と邪推さえしてしまいます。

 こういうときの上原正三はホントにタチ悪いと思うし、好きになれません。

 そして今回の話、ジャスピオンもさとみも平気で笑って締めてますが、ただ投げっぱなすだけならまだしも何も解決していない問題を、解決して大団円になったように見せかけているのがさらにタチが悪いです。

 お話として通さなければならない筋はあるだろうし、ついてはならないウソがあると思うのですが、本当に嘘つき呼ばわりで糾弾されるべきは誰なのか……行き過ぎました。

 次回、渡洋史、襲来!