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仮面の忍者赤影 51・52話(最終回)感想

仮面の忍者赤影』の感想。

51話

 根来編と同じく、最終決戦前の総集編。プッシュされるのは基本的に怪獣で、重要な人間キャラの猿彦とか紅影、黒影の扱いはぞんざい(^^;

 基本これまでの流用ってことで、特に書くことはありません。

52話

 崖の上で処刑寸前の青影と陽炎の前に現れた赤影白影。二人を挑発する雷丸だが、登場バンクと共に崖の上に赤影参上! 慌てる雷丸が馬で来た二人を見ると、馬の赤影が動いて黄金仮面を奪い、仮面をはぎとったら中身は白影! 馬に乗る白影は藁人形!

 若干ごちゃごちゃしてわかりづらいのですが、赤影の口を動かして喋らせるために白影が赤影に扮していた、って解釈でいいのでしょうか。すると白影が対話の相手として見られていないこと前提の作戦で、それでいいのか白影。

 久々の凧で赤影たちを引き揚げ逃げる白影。離れたところで仮面の秘密を探ろうとするが、陽炎が青影を不審に思い、青影が腹痛を訴えたため野宿に。その夜、仮面を盗んで雷丸に引き渡す青影を赤影たちは追いかけ捕まえるが、青影は魔風十三人衆の一人でっかでか東馬の変装だった!

 体格的に、その変装は無理があるというかもはや魔術のレベルだと思うのですが。

 しかも、東馬に誘われたその場所は怪獣ジジゴラの体内で、青影はそこに怪獣に囲まれる形で捕まっていた。赤影たちも捕まってしまい、仮面の秘密を吐くように迫られるが、赤影も何も知らない。雷丸は外へ出て、吐くまで待つ体制に。

 青影は陽炎の行動から、仮面に呪文(「ぱよよーん、ぽよよーん」ってもっとましな呪文なかったのだろうか)を唱えると何かが起こるということを思い出し、唱え始める。すると黄金仮面が巨大化し、押しつぶされる雷丸。

 助けてもらいたければジジゴラから出せと脅し、出てきた赤影たちは呪文を唱えさせて脱出させるが

 「やっちゃえ!」

 往生際の悪い雷丸は東馬に赤影たちを襲わせ、さらに怪獣を全員召喚。

 黄金仮面の宝石に映し出された怪獣全滅。

 ジジゴラにもビームが放たれ、倒れたジジゴラは姿を変えると……雷丸?!

 赤影が人間ではなかったと説明するのですが、さっきまで別行動していた雷丸とジジゴラとはいったいなんだったのでしょうか(^^;

 別に動いていた雷丸は幻覚とか分身とか説明つけたら仮面に押しつぶされたところからの脱出とか無意味ですし、正直雷丸の正体が何であっても話には影響しないので何のための設定なのでしょうか。

 里に帰る赤影は黄金仮面を自らにつけ、今までつけていた赤い仮面を青影に譲る。赤影はその嬉しさではしゃぐ。

 「青影。形ばかりではない。心が大切だ」

 最後の赤影のセリフは、仮面なしの場面だと赤影だと認識してもらえなかったという舞台裏の事情を踏まえると、ちょっと重い。

 赤影は仮面を黄金に変えて、飛騨忍者の新たな頭領となっても赤影である、という意図もあるのでしょうが、やはりどうにもこの最終章で赤影個人に踏み込まなかったのはもったいないと思ってしまいます。

 「心が大切」と述べる赤影は、確かに正義の為に戦う意志を持つ善良な人間と見てよいのでしょうが、結局誰も「どんな顔だか知らない」のは本作の持ち味であると同時に難点でもある。

 そんなわけでストーリー面、もったいないと思うところはありますし雷丸の最期にも不満はあるのですが(本作、ボス戦が微妙に盛り上がらないのも欠点だと思う)、大きな流れでいえば破綻はせずまとまっていたと思います。というか基本、大きな目標を掲げてそこに向かわせればいいだけの作劇なので、破綻するほどのストーリーもなかったというか(^^;

 年代から言ってストーリーに大きな期待を抱いていなかったこともあり、ブームに乗ったフシこそあるものの毎週様々なアイディアと演出を見せ、テンポのいい作劇を続けてきた部分は素直に評価したいところです。

 欲を言えば、最終話に凧が出てきたものの、魔風編でもっとトンデモアイテムを繰り出しても良かった気はしますが(笑)

 残りはまた、総括で。