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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

魔法つかいプリキュア! 第6話感想

アニメ感想 魔法つかいプリキュア

『魔法つかいプリキュア!』の感想。

 今回の補習は先生が腰痛のためお休みし、代わりに現れた先生はなんとリコの姉、リズだった。水を好きな形にして10秒間保てば合格、とする補習で、お手本にリズは玉乗りするゾウを作って見せ、補習クラスの生徒は各々が好きなものを作るが、リコはリズの真似をして失敗。

 今回突然に「リコは本来努力家であるが、実技『は』ダメな生徒」ということが強調され、前回から引き続き困惑。

 この設定は公式ページに当初から記載されていたとのこと(twitter上で指摘してくださったSophie Petiteさん、ありがとうございます)なのですが、今回までに全然そういう要素が強調されておらず、むしろ逆に「補習の努力を放棄してマジックアイテムに頼るためナシマホウ界に来た」という描写だったため、ここまでの流れに問題を感じたスタッフが軌道修正を計ったような印象に見えてしまいました(^^;

 で、そんな努力家であることが判明した(今後これで行くことが決まった)リコなのですが、劇中の描写――姉の真似をして無理に玉乗りゾウにこだわる、という展開を見る限りでは明らかに一足跳んで無理に高レベルのことをやろうとしているのが失敗の原因であり、それは単に「努力の仕方を間違えている」と言うのだと思います。

 本当ならそこを指摘することが一番簡単な解決の道のはずなのですが、いたたまれないリコが走り去った後、それを追うみらいに対してリズが述べるのは「リコには才能があるのだから今はダメでもきっかけをつかめばきっと立派な魔法使いになれる」という一昨日の方向。

 赤ん坊妖精はーちゃんにごはんをあげているところで、追いかけてきたみらいと接触するリコは、自分のペンダントは一家に代々伝わる宝物で、本来はリズが受け継いだものを自分が預かっているのだ、と説明。しかし自分にこれはふさわしくないし、プリキュアだってリズの方がなれば、と落ち込むリコへみらいは励ます。

 「そんなのやだよ! リコが、このペンダントを持っていたから私たちは出会えたんだよ! 一緒にプリキュアになれたんだよ! 今ここに二人でいられるんだよ?! 私はリコじゃなきゃいやだ! リコと一緒に合格するの!!」

 台詞単体としてはいい台詞だし、本作の根幹部分を現した重要な内容だと思うのですが、残念なことにみらい役の高橋さんが泣きながら強い口調で説得にかかる演技をできておらず、全体的にがっくり来てしまいました。

 いや、気合は入っているし棒読みでもないし、普段のみらいが語気を強める描写がないという影響もあるのですが、いくら何でも声のトーンが別のキャラすぎるため、聞いたときに真っ先に浮かんだのは「え? これ本当にみらいなの?」という違和感(^^;

 高橋さんはまだまだキャリア浅いし、シリーズ序盤ということもあって多少なり拙いところがあっても流せるのですが(キュアサニーの田野さんとか、過去もそういう人はいたし)、今回のセリフは作品全体に関わる要素なので、そこが決まらないとちょっと辛い。

 そんな中でスパルダがリコとリズを間違え暴れているところに、リコたちは変身して戦闘。リズが大好きであることを何か変化や成長のごとく強調しているのですが、別にリコは彼女への憧れを否定していたわけではないため、話がつながっていません(^^;

 ミラクル/みらいの「今、○○って言いました?!」を今回は話の始まりと戦闘とで2回使ってますし、戦闘の方はスッパリ抜きにしても良かった気もします。

 アクアマリンの力で凍らせた後に決め技でKOしたプリキュア達。その後補習は再開され、リコはゾウではなくペンダントを水で作ることに。

 そうだよ、いきなり応用に走るんじゃなくじっくりと……って展開かと思っていたのです、が!

 水で出来たペンダントを崩したくないというリコの想いが、ステッキから迸って水のペンダントを凍らせる。

 「氷の魔法は、上級者でも難しい。よくやりましたね。合格よ、リコ」

 えーー?!

 いや確かに10秒以上形は保っているのですが、本来は「魔法には集中力が必要」という話である以上、集中力で水のまま形を保つのではなく凍らせれば保てるんだ! というのでは補習の本質から外れています。

 というかそれは屁理屈です。

 加えてこの結末は何がひどいかと言うと、努力を全く肯定していないこと。

 既に書いたようにリコにある問題は「努力はしているがそのやり方がおかしい」と見るものであって、それが正しい努力を学んだことで成功した……のではなく、全く別の回答で成功したように見せかけごまかしているだけ。

 例えるなら、掛け算もできないのに因数分解を解こうとして点数取れないという生徒が漢字検定1級取れたから合格、というもので、結局掛け算ができてないことに変わりはありません。

 それどころか今回の展開では、リコは本来それの成功に向けて努力していない(あるいは現在の実力に対して分不相応)であろう上級魔法を才能で成功させているため、間違っていても全くしていなくても才能があれば一足跳びの優れたことができるんだ、という消極的な形で「努力」の意義を否定してしまっています。

 加えて「杖は個人により形が違う」設定を置きながら、リコの才能の根拠が「リコの杖が落ちたときにその杖の樹に星が落ちたから(とリズが主張)」っていうものであるのが非常にマズく、それを考えると全ては才能至上主義の上に才能は生まれにより決せられている、としかなっていません。

 ナシマホウ界のみらいが魔法を使えたのは杖の樹から得た杖があるから、というのは視聴者に魔法が使えない理由としてリアルとの線を引いているところだと思うのですが、さらに杖の樹が個人の才能(未来の可能性)まで決めてしまっていることになっていて、実は管理社会じゃないのか魔法界。

 誤解されないよう言いますが、リコに優れた魔法の才能があることは肯定して構わないし、それぞれが違った個性や特性を持つのが人間であるのだから、リコが実は天才設定であることや特別な出自を持つことそのものは構わない、と思います。

 しかし、本作の今エピソードはそこ以外の何も肯定していません。

 どんな努力をしていようと、あるいは何もしていまいと、星が恵んでくれた杖と天賦の才の前には全くの無力。

 こんな世界の中で、何故学んで努力をするのか?

 スタッフはそこについて、責任を持って描くことができるのでしょうか??

 みらいとリコの関係から「運命で全ては決まっている」世界観のつもりで展開しているようにも思えるのですが、それならそれで運命とどう向き合うか、を考えなければならないはずで、今回のこれはそういう考えなど持っているように思えず、表面上の綺麗な感じだけ取り繕って見せていたら根っこがズタズタなのが露呈しているだけです。

 今回の内容をここまでおかしくしている原因は、ずばり言ってリズがリコの出したこの結果を「合格」にしてしまったことで、本来ならリズは補習の内容に沿わない結果を出したとしてリコには不合格を出すべき(補習そのものはみらいが合格すれば連動してリコも合格でき、実際みらいは成功している)であり、上級魔法を使えたことはそれとは別に評価を下すべきでした。

 リコの問題点を正しく指摘できない、的外れな理由で妹の補習を合格させる、勝手な理屈で妹は才能あるからOKと認定して一家に伝わる宝を勝手に預ける、とリズのやることなすことは姉としても教師としても大いに問題アリ、としか思えません。

 前作の反動か知りませんが、本作ここまで「大人」あるいは「年長者」の人物に真っ当な責任感を抱いている人が全然出てこないのも、見ていて辛いと感じる部分。一番(というか唯一)まともなのは教頭先生なのですが、彼女も結局リコへの対応がうやむやのまま流されたり、校長を叱ったり水晶玉と喧嘩したりしても全然ストッパーとして機能している様子がなく、そもそも話に関わる機会が少ないためそういう印象が薄いですし。

 全てが運命に縛られているならば、彼らのダメっぷりもわからないでもないですが(^^;