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鉄血のオルフェンズ 24話感想

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の感想。

 鉄華団は議場を目前にしてギャラルホルンの部隊を前に膠着状態が三日も続いていた……と冒頭でメリビットがいきなり説明するという、唐突な入り(^^;

 多くの負傷兵を治療する中でアトラが指を切る怪我をしてしまい、メリビットが心配するも、アトラは徹夜は慣れているからと治療続行。

 アトラの傷口から菌が入る可能性とか、疲弊状態による不注意が続くとかえって危険という点からここはアトラが何を言おうと止めるべきなのでしょうが、メリビットはアトラの言葉を聞いた後、対応を続ける姿を見てだんまり。相変わらず劇中ではアトラに対する批判がされない姿勢を徹底しています。

 狂気のごとく向かっていくオルガ、珍しく両目が出てくるのですが、その眼には輝きが宿っていない、というのが本作これまで描かれてきた「眼」の扱いを考えると苦いところ。

 残り六時間、エイハブリアクターで都市機能がマヒすれば蒔苗氏への世論の印象が悪くなるためにMSによる突入は不可能、という状況。オルガはライドの言葉と三日月の「みんなオルガに賭けてる。だからオルガも賭けてみなよ、俺たちに」という言葉を受けて、ある決断をする。それはメリビットに負傷兵と作戦参加に志願しないものを連れて戦線離脱させ、残った者たちは蒔苗を運ぶ班のため囮となるという作戦だった!

 「ふざけないで! 囮になる? 命を賭ける? この子たちを死なせたいの?!」

 「俺たちは、命を金と引き換えにして生きてきた。それはこの仕事を始めたときから……いや、生まれたときからか。ただな、俺たち一人ひとりの命は、自分が死んじまった時点で終わる消耗品じゃねえんだ! 鉄華団がある限りな。ここまでの道で、死んでった奴らがいる。あいつらの命は、無駄になんてなってねえ。あいつらの命も、チップとしてこの戦いに賭ける!」

 呪いだ……これは呪いだ。死者が残した強すぎる思い……!

 物語もクライマックスにして、またも『悪魔のリドル』と重なってしまいました(笑)

 冗談はさておき、ここでクーデリアがペンダントを掴んだり、昭弘が映し出されるのが細かい仕事。

 「いくつもの命を賭けるごとに、俺たちが手に入れられる報酬……未来がデカくなっていく。俺ら一人一人の命が、残った他の奴らのために使われるんだ!」

 「それは……」

 ああ、多分ここのメリビットが続けようとした言葉は

 「あなたがそう思っているだけ」

 なんだろうなあ。

 しかし鉄華団メンバーは、全員オルガの意見に賛成、この作戦に命を捨てる決意を始める。

 「そうだ。誰が死んで誰が生き残るかは関係ねえ。俺達は一つだ。俺達は家族なんだ

 「幸福も不幸も分かち合える間柄」として使われてきた「家族」が、突き抜けて「個」の存在を否定してしまうという、ある程度予想はできたもののいざ繰り出されるときつい展開。

 「人から全てが奪われたとき、何が残るのか」を考えたときに「何も残らないのはイヤだから何かを残したい」とあがき続けた結果「生き延びた人間の未来が残る」という言葉を繰り出すのですが、そのために「死んでしまった個人」も「生き延びた個人」も否定してしまうというとんでもない矛盾。

 オルガのこれは詭弁もいいところなのですが、作中誰も反論できないように作られているのが恐ろしい。

 「違う……そうじゃない、家族っていうのは……」

 と言いつつも、具体的な答えは出せないメリビット

 「こんなの間違ってる! ビスケット君だって、フミタンさんだって、こんなの望んでない! 絶対に間違ってる!」

 つくづくダメな人だなあ、メリビットさん。

 生きているメンバーそれぞれの意識に働きかけても答えないのでついに死者の気持ちを勝手に代弁して自己正当化を始めてしまうのですが、「あなたがそう思っているだけ」という言葉が特大ブーメランとなって彼女を真っ二つに引き裂いています(^^;

 一見違う視点から鉄華団を批判しているように見えるのですが、オルガもメリビットも「死者の想いをつなぐ」つもりで「自分の都合のいいように人が死んだ事実を使っている」だけでしかなく、全く同じ理屈での発言しかしていないため、その点でオルガが「間違っている」ならばメリビットの意見にも何ら正当性はありません。

 その「あなたがそう思っているだけ」と言った時を思い返せば、それは昌弘の死と葬式について「これから生きる者が死んでいった人に向き合えるようにするためのもの」とメリビットはオルガに説教するため繰り出したのですが、自身の正しさを担保するために死んだ者の名を勝手に利用する現状のメリビットには全然「仲間の死に向き合う」という要素が感じられません。

 むしろあの時、偉そうに上から目線で説教しておきながら、実際のところ葬式の知識とか意義とかただの受け売りで、本音ではそんなもの信じてなかったんだろうな……ということになってしまい、彼女の言葉の説得力が遡って次々粉砕されていくようになって、私の中でどんどんメリビットさんの好感度が下がっていきます(笑)

 過去とか語られないのでただの憶測にとどまるのですが、多分彼女、鉄華団に来るまで身近な人間の死に直面したことがないのだろうなあ。

 で、以下かなり妄想になるのですが……今回もアトラの怪我に対して本気で怒ってまで阻止するようなことはなく、「選択肢はある」といいつつも具体的な例は出さず、今回も「この子たちを死なせたいの?!」という発言で作戦を否定しようとするなど、各種描写を見るにメリビットは本気で子供たちの未来を考えているようなことはなく、ただ目の前で人が死ぬのが嫌なだけ、だと思います。

 そしてその上で(三日月に対するオルガのように)「自分は子供たちを引っ張る『大人』でなければならない」と考えているので、「死を嫌うのはあなたたちの未来のため」と言い訳しているのではないかと。

 「私の目の前で誰かが死ぬのが嫌だ」というのは、一見すると自己中心的で視野が狭く見えるかもしれない(目の前じゃなかったらいいのか、って話)ですが、そんなのは本当は抱いて当たり前です。

 しかし彼女は、そこで思いっきり嘘をつく。「大人」であるために、自分の考えを通すようではいけないと。

 そしてそのしわ寄せが今訪れて、彼女の言葉は何らの説得力も持たなくなり、何も通用できるものが無くなって苦しいという状況。

 解決策は非常にシンプルで「私は子供たちの未来なんて考えてません」「私の前で誰も死なないで」ってことを正直に言えばいいだけ、究極的には「ごめんなさい」を言いましょうね、って話

 考えて見れば、メリビットは話の提案について他の人の意見を聞くとかいうことがまるっきり無く、むしろ「あなたがそう思うだけ」と少数意見をバッサリ切り捨ててしまう妥協ができない人であり、一見大人に見せておきながらその実態はとてつもなく子供っぽい人間ではないのかという気がします。

 だから自分が少数意見に回ってしまうと何もできなくなるのであって、まあ、今無力なのは自業自得だなあ、としか(^^;

 彼女を「現代日本の倫理観なら正しい人」だと思っている視聴者は多いようなのですが、私は以上の理由からどうしても彼女のことを「正しい」とか「大人」だとは思えません。むしろ彼女、現代日本の「仕事できない若い人」にありがちなタイプ。

 百歩譲っても「普通」であって「良い人」「理想の大人」ではありません。

 厄介なのは彼女、劇中描写で仕事できるような扱いにされていることなのですが、冷静に考えるとオルガが名瀬と通信したように上司(に当たる人)へ報告や相談をしている場面がありませんし、オルガと初対面の時も繁華街で何故か一人だけ歩いていての遭遇だし、もしかしたら事務処理と一部医療機器が使えるだけでコミュニケーション能力が壊滅的なのでは……という設定なら、一周して好きになりそうです(笑)

 本筋に戻して、メリビットの肩に手を置くおやっさん。

 「ああ、間違っているさ」

 ここで「メリビットの言い分は正しい」ではないのがミソ。以前のオルガの演説に対する批判では「正しいが届かない」だったのですが、ここで「正しい」と言わせないのは意図的なセリフ回しだと思います。

 本作で一番まともな「大人」をしているのは雪之丞のおやっさんだと思うのですが、彼もまた「間違い」を理解しながらそれに対して何もしない人間であり、あくまでやることは「子供たちが最大限力を発揮できるように裏方に徹する」だけでしかありません。

 きっとおやっさん、昔は追っていた夢があったのだけど破れてしまい(義足はその影響?)、諦めてしょぼくれた整備員をやっているけど子供たちにはそんな自分のようにならないで各々の夢を追いかけてほしい、という願いを抱えているんだろうな……とか妄想もするのですが(あくまで私の妄想であって公式にそんな設定はない)、結局自分は子供たちのリーダーにはなれないという諦めもこもっているように感じられるのが一筋縄ではいかないところ。

 クーデリアと蒔苗はトラックに乗って移動することになるが、運転することになるのはアトラ。人手が足りないからとオルガの許可を得て運転手に志願したという。

 「三日月の代わりに私がクーデリアさんを守ります! それが私の革命なんです!」

 発揮されるアトラの主人公力。

 赦しの侵略者・金元寿子の主人公オーラは伊達じゃありません!

 えー、なんとなくアトラは「ヒロイン」というか「主人公」と言った方がしっくりくるような気がするのですが、ていうか多分、クーデリアに鉄華団メンバーの誰と一番結婚したいか聞いたら、アトラと答えそうな気がする(笑)

 突撃を開始する鉄華団。三日月の乗るバルバトスの前に、キマリス出現!

 「カルタ、任せてくれ。お前の無念は俺が晴らしてみせる。そして、ギャラルホルンの未来を、俺たちの手に!」

 こっちも死者の魂を、勝手にチップにして賭けていた……!

 ここのガエリオはもはや自分の「誇り」など考えておらず、見事に鉄華団の鏡写し。

 仲間を次々失っていく中、地上に降りていたユージンたちの支援も受けて走るオルガたち。その迎撃に向かわせるべくMS隊を移動させるガエリオ。昭弘は一人でその処理に向かうが、そこでラフタの前に降りてきたのは巨大なMS・グレイズアイン!

 「分かる……考えなくても分かる。これがそうなんだ。これこそが俺の本来あるべき姿!」

 阿頼耶識による超反応を繰り広げるアインの攻撃で、コクピットを正確に狙われ首が潰されアジー死亡。

 さらに足の先端がドリルとなって突き刺さり、ラフタのコクピットが血の海に。

 名有りキャラがモブのごとく雑多に死んでいく、猛烈な展開。

 「あれこそが阿頼耶識の本来の姿! モビルスーツとの一体化を果たしたアインの覚悟は、まがい物のお前達を凌駕する!」

 もはや信念も誇りもなく、勝利と私怨のためだけに動いてしまっているガエリオ。

 そしてアインの腕に内蔵されたパイルバンカーは、流星号をも貫いた!

 「クランク二尉やりましたよ! あなたの機体を取り戻しました! きっと見ていてくれてますね、クランク二尉。俺はあなたの遺志を継ぐ」

 アインまでも死者(クランク)の意志を利用し、代弁し、クランクが拒絶した子供への殺戮を平気で行っているという状況で、もはや哀れ。

 流星号の無線でクーデリアの名を聞いたアインは、そのまま市街地へ飛んでいく。三日月はそれを追いかけようとするがガエリオが阻止しようとする。そして昭弘がMSを一機取り逃がしてしまう……。

 市街地の各種機能がアインのエイハブリアクターによって停止。

 やっちゃった(笑)

 アインの状況を考えるとまあそう動くよなと納得できてしまうのですが、おもむろにギャラルホルン所有の非人道的兵器がエイハブリアクターで都市機能をマヒさせたという構図で既に戦わずしてギャラルホルンに未来はないという大惨事に笑いが出てしまいました。

 今回ことさらに「都心部にMSは持ち込めない」と前振りがされていたので、ますますお笑いに。

 一見丁寧な口調で対応しつつも、明らかに言動がおかしいアインはクーデリアを斬殺しようとする。

 完全に暴走状態のアインなのですが、ガエリオが己の信念を歪め、嘘をついてまで救い出した結果がこれというのはひどい皮肉。

 一見「正義は通用しない」(存在しない、ではない)世界の『鉄血』なのですが、振り返るとアトラが自らをクーデリアと偽ったことから連なる鉄華団破滅ルートとか、メリビットとか、なんだかんだ嘘をついたらろくなことになってないのは、凄い設計だなあ。

 「正しい」かは別として、一番「正直」なのは多分カルタで、そんな彼女は最期の最期救われていますし。

 グレイズアインが斧を振り下ろそうとしたその時、車から飛び出したアトラがクーデリアを庇って前に……と次の瞬間、飛んできたバルバトスが斧を受け止めた!

 お話のセオリーとしては。ここでアトラがクーデリアを庇って死んでしまうというのが定番なのですが(というか昌弘もフミタンもビスケットも誰かを庇って死んでいる)、三日月が助けに来てくれて阻止という展開になっており、安定の歩く生存フラグ金元寿子

 いやまあ、さすがに今回は死んだか、生き延びても重傷ぐらいなるだろうと思えば、奇跡の無傷!

 与太話は置いといて、三日月がここで助けに来たのは別にアトラが彼を呼び寄せたのではなく、グレイズアインがクーデリアたちに向かったからでしかないわけで、その上でこの展開は別にアトラが前に出てなくてもクーデリアは助かっていたはずと考えられるものになっており、結果論ですがアトラの行為は全くの無駄足だった、ということになっています。

 そこから思い返すと、アトラの言動・善良さに批判するキャラはいないのですが、アトラの行動や善良さが無碍にされたり結果的に無駄だった、という展開は多く、不思議な設計。

 えー……アトラは「劇中では絶対的に正しい」ことを貫くように見せられており、それによって意図的に視聴者のヘイトや批判が向くように設計されている気配を感じるのですが、彼女を見て思うのが「絶対に正しい」は「絶対の悪」とも言い換えられるのではないかと言うことです。

 蒔苗の「人は言い訳を求めるもの」が真理ならば、絶対に言い訳を用意しないアトラは人と呼んでいいのか、というか。

 「彼女『だけ』が正しい」のが決まりすぎていて、誰も追従できていない、という感じで。

 で、本当に正しいのか考えると、彼女のついた嘘(結果的ではあるが「会ってうれしくない兄弟なんていない」は嘘になってしまった上、「私がクーデリア」と名乗ったことがサヴァランを追い詰めた)がビスケットの死にわだかまりを生み、鉄華団が狂気の道を歩む原因となっているわけで、本当に彼女を「正しい」と見ていいのかは疑問が浮かぶところのはず。

 ……私の視点だけで見るとどうしても偏りがちなので、他の視点(特に批判的な意見)からアトラを見ている人がいれば参考になるかと思ったのですが、twitterで検索してもそういう意見がまるでヒットせず、深入りできません(^^;

 まあビスケットの死に対する月並み対応も全く批判を浴びた様子なしなので、スタッフの目論見である「鉄華団が間違った方向に進むのを、いかに間違っていないように見せるか」はその視点から見ても大成功だと思いますが。

 そしてガエリオの前に立ちはだかるのは、チョコ影参上!

 あのMS、地球降下で出番なしかと思ったら、ここで再登場。

 「……そうだよな。お前が俺達をこんな所で終わらせてくれるはずがねえ。なあ? ミカ!」

 それぞれの思いがぶつかる中、次回最終回!

 ……気になるのは、昭弘が逃したMSが触れられてないことで、これが次回何か呼びそうな予感。