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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

GATE 23話感想

アニメ感想 ゲート自衛隊 金元寿子

『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』の感想。

 翡翠宮の日本人と講和派議員を救出するべく、空挺降下作戦を決行する自衛隊は救出に成功するが、ボーゼスはピニャ救出のため一人走る。しかし門前で弓兵に阻まれ、自衛隊に回収されることで脱出に成功はするもピニャ救出は失敗。一方の伊丹は監獄に向けて走り続ける。

 正直申しまして、炎龍編からこの方、伊丹サイドと自衛隊側と帝国の事情と諸々をてんでんバラバラの方向に散らばすような書き方だったため、頭の中で情報がまるっきりまとまっておらず、物語からは完全に振り落とされています(^^;

 落下傘による空挺降下や銃器類の描写などを細かく作っているところはいいのですが、やっていることはマヌケで無力な帝都の兵士を圧倒的火力で粉砕する、という構図なのが第2話からまるっきり変わってない(ドラゴンさえ雑魚同然!)ので、何も面白くありません。

 むしろ23話も話を続けといて、結局やりたいのはこんな程度のことなのか、という呆れが浮かぶばかり。

 他の感想でも書いているのですが、フィクションの「リアリティ」は現実と同じ物理法則がそのまま適用されるとか、道具が現実と全く同じ動きをしていることだとか、そんなことではなく「その世界ではその理屈が通用する」ということに説得力があるかどうか、という話だと思っています。

 裏を返せば、そこがちゃんと楽しめるんなら銃器の描写とか政治判断の流れとか雑でもいいのですが、本作はどっちつかずで中途半端な印象のままここまで来てしまいました。

 そういう観点で、今回特に問題なのが、ボーゼス救出後のこのセリフ。

 「伊丹なら、どうしただろうな」

 割と真剣に疑問なのですが、スタッフは今の状況で、このセリフが通用するものだと、本気で考えているのでしょうか?

 伊丹が自衛官として優秀なのはセリフや第1話の描写などで固められているのですが、回が進むごとに他の面々も伊丹と比べて劣るとは言い切れないハイスペックを見せているため、「自衛官としての能力」だけで見れば現状、伊丹は決して作中世界で特別優秀なわけではないと思います。

 それを考えた上でここのセリフ、明らかに伊丹には単なる自衛官としての技能ではなく、それ以上の「何か」を求めている(それがあると確信している)ものなのですが、伊丹にそんなものが存在するとは到底思えません。

 それを見せる場面――伊丹が自衛隊という組織から分離して活動した炎龍編なのですが、そこで彼が行ったのは、一般市民の精神疾患を「治療する」という名目で命がけの戦場に連れ出した上に、作戦の見積もりの甘さから一部族全滅のみならず自らも死にかけ、最終的に自衛隊が救援してくれなかったら全員死亡だったという大失態。

 おまけに公務ではないため、第1期の国会証人喚問の時のような「伊丹はダークエルフを犠牲にしたのではなくダークエルフ以外の人間を炎龍から救った」などという言い訳は通用しません。

 加えてまさに前回、レレイが暗殺者に狙われている状況で二回も目標を見誤って危うくレレイが殺されるところだったというボンクラっぷりなので、ますます伊丹に特別な状況を打開する能力が備わっているとは思えません。

 むしろ上記の大失態の後、あくまで命令違反の処罰しか受けておらず、何らの疑問を抱くこともなく他の報酬を受け取って、テュカ一人のために死んだも同然のダークエルフに向き直る気配なしの伊丹は、言葉は悪いですがもはや正真正銘の人間のクズと呼んで差し支えない領域だとさえ思います。

 ダークエルフは伊丹に殺されたようなものだし、魔法で強制的に眠らされている間に戦場に運び込まれていた上、何人ものダークエルフの生贄を捧げられた格好となっているテュカも完全に被害者。

 そんなわけで伊丹はヒーロー性皆無なのですが、何故か劇中では皆、彼に特別な力があるものだと信じて疑っておらず、滑稽を通り越して気持ち悪い。

 本来ヒーローでもなんでもない伊丹にそういう超常的な力を期待する自衛官の滑稽さを描く意図もあったのかもしれませんが、それにしては伊丹は自衛官としてのスペックの高さがやたら強調されているし、自衛隊も「何もできなくてヒーローにすがるしかない」のではなく「自衛隊としての仕事はこなせる上でそれ以上をヒーローならどうするかと考える」という話なので、ちぐはぐ。

 ここまでの話の構成次第で「伊丹なら」という言葉にも説得力を持たせることはできたはずなのですが、あまりにもあらゆる過程が雑に処理された結果、単に「伊丹は主人公だから特別扱い」以上の意義が出ないという、最悪の結果となってしまいました。

 えー……まるっきり盛り上がらないし、広がった要素(帝国の行方、ピニャの安否、ロクデナシジャーナリストの動向、笛吹き男、いずれ閉じる可能性のある門)が全く収まる気配なしなのですが、次回最終回。