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GATE 24話(最終回)感想&総括

『GATE 自衛隊 彼の地にて、斯く戦えり』の感想。

 ピニャを助けるため仲間と共に城へと向かう伊丹。テュカやヤオらの助けを借りて近衛兵を眠らせ突破し、ついにゾルザルと対峙。ゾルザルはジャイアントオーガーを繰り出すが、ロゥリィとレレイが撃退する。

 最終回にしてようやっとドラゴン以外の異世界モンスターが登場と思えば、それをぶちのめすのが異世界の殺戮衝動娘二人で、結局自衛隊ではないというオチ。ただでさえ予定調和もいいところで面白くないのですが、本作の世界観とシチュエーションをエンタメ方向に活かす意志が全く感じられないというのが、どこまでも貫かれていて逆に感心します。

 結局、この期に及んで自衛隊のやることって、運搬係と人間であるゾルザルを武力で脅すぐらいなもんですし。

 皇帝とピニャが救出され、ゾルザルとその配下は帝都を去っていき、数日後にピニャが即位。その式典の中、異世界人と日本人とのカップルがいくつも誕生し、伊丹は一年ぶりの即売会を三人娘の日本来訪でまたもつぶされてしまうという平和な結末を迎えるのでした、めでたしめでたし。

総括

 酷いアニメだった。

 偏った思想性、生かされない世界観設定、(特に炎龍編以降の)テンポ悪い展開、ヒロインの扱いの偏り……

 とにかく炎龍編終了以降、見ていて苦痛としか言いようがありませんでした。

 演出面は細かく、机の上の資料などの細かい描写や派手な魔法のエフェクト、銃器の描写の数々など気合を入れていたことが窺えますが、いずれもその場限りで止まってしまうものばかりで、全体としての面白さには貢献していません。

 あえて褒められるところを挙げると、24話全体を通して特に崩れることなく安定した作画を提供していたことぐらい。

 

 大まかに問題点を上げると以下の通り。

 

 1.アニメという媒体で展開するうえでのエンタメ性とリアリズムの取捨選択の失敗

 異世界に現実の自衛隊が向かうという本作の設定上、期待していたのは異世界との交流に限らない、異世界で待ち構える苦難や障害を乗り越えることのカタルシスだったのですが、まるっきりそこを伸ばす展開を用意しませんでした。

 本作のファンタジー異世界に待ち受ける独自の脅威となりうる存在は、劇中に登場した炎龍やジャイアントオーガーなどのモンスター、および日本には存在しない魔法となるのですが、自衛隊がこれらと直接対峙する機会がほとんどありません。

 1期で炎龍と対決した以外だと、イタリカで魔法を使う兵士がいたのが多少描写されたのと、2期で伊丹が独自に炎龍と対決し、23話で戦闘機が龍を撃墜するぐらい。

 で、日本とある程度自由な行き来のできて補給も容易な自衛隊が対決していたのは何かと言うと無知で無力な帝国一般兵ばかり。

 迎え撃つ形になっていた2話はまだしも、5話のように自分たちから攻め込んでいく格好になるとさすがに自衛隊側の一方的殺戮を楽しむことはできませんし、むしろ23話にまで至るとドン引きするレベル。FPSのような演出まで入りますが、本作の基本設計でこれが一番面白い描写だと、作った側は本気で思っていたのでしょうか?

 で、そんなエンタメ性をぶち壊しておきながら、妙に押し出される政治描写。

 そんな政治描写が面白いのかと言うと、ダラダラ会話で進行せざるを得ないのでまあ画としては何一つ面白いことはありませんし、何より中立性がさっぱり無いのが、見ていて辟易します。

 政治家などは実在人物をモデルに一部の趣味や思想性・言動を誇張した架空の人物でありますが、自衛隊を糾弾する野党議員の露骨すぎる頭の悪さなど、その描写の仕方にはどうしてもその実在人物や党派に対する作り手の意識が入っているとしか感じられません。

 どう考えてもエンターテイメント作品なのに、そんな変なイデオロギーを見せる方向にどうして傾けようと思ったのか、本気で理解できない。

 その最たる例が22話に登場したジャーナリストで、特地での彼以外のジャーナリストは彼と対等の描写をされないどころか姿さえ見せないため、この世界におけるジャーナリストのスタンダードが彼という印象になっているのですが、これが以降最終話まで至っても出番どころか存在に触れることさえありませんでした。

 本筋に関わるわけでもなければ、露骨な悪意のこもった不快な台詞を吐き出すだけでしかない彼が、何故描写されたのか?

 私には彼の存在がマスコミという職種に対する作り手の悪意としか見えなかったのですが。

 それに対するフォローなど一切されることがないため、本作スタッフがエンターテイメントとしての本作をぶち壊してまで示しているものには、どうしても首をかしげざるを得ません。

 「彼らはあくまでアニメのキャラであり、実在人物のモデルがいてもフィクションでしかない」と言われるかもしれませんが、そんなものはタダの屁理屈です。

 「この物語はフィクションです」って文言は、あくまで実在の人物や組織に対する悪意を持ってないことを表明することでそれらの名誉を守るためにあるのであって、本作のような実在人物や特定の職業への悪意が明確な時に、それを誤魔化す言い訳に使う言葉ではありません。

 フィクションでも、通してはならないものは存在するはずです。

 

 2.「伊丹耀司」を主人公として描くことができなかった

 本作で一番重点を置いて描かれる自衛隊員の彼ですが、彼に主人公としての長所や好感の持てる特徴と言えるものが果たして与えられたのか、またそれが劇中で描写する欠点を上回るものであったのか、というと私にはそうは思えません。

 自衛隊員としての能力の高さが示される彼なのですが、彼が優秀であることを示す言葉がいくら並べられても、戦闘その他の局面で「自衛隊員」の範疇としては彼に並ぶかそれ以上の力を有していると思われる隊員が数名いるため、総合では彼が「自衛隊員として特別優れている」という印象になりません。

 では彼がどうして優れているのか、となると、劇中の人物のセリフから「それは自衛隊員としての力を越える何かを有しているから」という印象を受けるように作劇されていましたが、本当にそんなものがあったのか。

 それを描く意図も含め、自衛隊から離れた個人的な意志と責任の下、ヒロインの一人であるテュカを助けるため力を尽くす……という展開を炎龍編では行おうとしていたと思われますが、これが大惨事。

 まず、ここにきて伊丹がテュカの事情――父を炎龍に殺されたという事実を受け入れられず、伊丹を父と思って慕い続けている、ということに同情する理由が、単純な正義感や普遍的な善良さではなく伊丹個人に家族関連のトラウマがあるからだと理由づけされます。

 こうして、視聴者が体験できない、視聴者と全く異なる事情を抱えていることが示される伊丹はここで視聴者と同一化して世界に入り込んだキャラ(視聴者の代理人)ではなく、事情を抱えた一人のキャラとして視聴者とは完全に分断されることになりました。

 自衛隊員としてハイスペックなオタクの伊丹が異世界で大活躍する、という設計には視聴者が自分と重ねられるようにすることでカタルシスを与えるという要素もあるのですが、ここでそれは完全に放棄されます。

 しかし、肝心の「何が起こったのか」はぼかした回想映像と断片的な台詞だけで、これだけで視聴者が全てを察するのは無理がある、というか不可能と言っていい。

 そのため、伊丹は視聴者とは全く違う赤の他人でありながら、伊丹の個人的事情を知ることができない視聴者はそれに付随する彼の行動に共感できない、という問題が発生。

 「テュカは可哀想だから同情できる」が成り立っても「テュカに同情する伊丹に共感できる」が成り立ちません。

 伊丹の過去描写には尺の事情など諸々を感じますが、これならいっそ全く描写せずにカットした方がましですし、少しでも触れたなら例え時間がなくても全て描写しなければなりませんでした。

 そこから伊丹が取る行動と言うのが、また大問題で、ここで伊丹はテュカの治療法としてテュカに命がけの炎龍戦をやらせて炎龍を倒させるという選択をとり、そのために彼女を魔法で眠らせて移動し強引に武器を持たせるなど、普遍的な善良さで押し通していい範疇を明らかに超えた無茶をします。

 (この面からも、伊丹がテュカに同情する理由が曖昧に濁されたのは大きな損失)

 そうやってテュカ一人を助けるために、公務を投げ捨てダークエルフの協力も得て炎龍に立ち向かう伊丹ですが、炎龍の生態と活動場所に対する見積もりの甘さに端を発して、実際の作戦は大いに狂った結果ダークエルフはヤオ以外全滅、自分もロゥリィとの契約がなければその場で死んでいたという大打撃。

 挙句そこから一連の炎龍騒動の黒幕による追撃を受けた際にはなすすべがなく、結局自衛隊の救援がなければ死んでいたという体たらく。

 この惨劇を以てして、伊丹に特別な力が存在していると言えるのでしょうか?

 公務(組織の力)を放棄しての選択である以上、最後に自衛隊の力を借りた時点で台無しですし、ましてやダークエルフ全滅に関しては完全に伊丹の責任であり、加えて戦いの動機はテュカ個人なのでダークエルフの命を犠牲にしたのではなく、彼ら以外の多くの命を守る」なんて言い訳は一切通用しません。

 にも拘らず、伊丹にはそこに対する責任を果たす様子が一切感じられません。

 2か月の謹慎処分を受けているのはあくまで「公務の放棄・命令違反」によるもので、ダークエルフ全滅の件とは一切関係なく、それどころかヤオの持つダイヤモンドなどの報酬や帝国からの貴族称号授与などの報奨が多数用意され、伊丹はそれを何の疑問もなく受け取ってしまいます。

 ダークエルフはテュカの生贄にされたも同然なのですが、そんなことお構いなしの伊丹には自衛官としての理想も人間としての理想もまるっきり見えず、正真正銘の人間のクズと呼んで差し支えない領域。

 そんな伊丹に対しての自衛隊員の「伊丹なら」という言葉が繰り返されますが、この展開を踏まえた上でそんな言葉を繰り出しても全くそんな頼もしさを伊丹に感じ取ることができず、このセリフも単に「伊丹は主人公だから特別扱い」以上の意義が出ないという、最悪の結果となってしまいました。

 

 3.ヒロインの扱いの偏り、特にテュカの扱い

 個人的な意識でありますが、本作を視聴する切っ掛けとなったのはキャスト欄で2番目となるテュカ役の担当声優が金元寿子さんだったことになるのですけど、あんまりすぎる扱い。

 2期開始前に一番期待していたのは彼女が主役かつ異世界ファンタジー×自衛隊の設定がエンターテイメントとして発揮できる炎龍編だったのですが、上の伊丹の問題で上げたように大惨事。

 放送開始前は「テュカの好感度が下がる」ともっぱらの評判でしたが、いざ炎龍討伐に出たらほとんど寝ているだけでした。

 仮にもこの炎龍編の主役であるのに、そもそもセリフすら用意されず話にほとんど関わってきません。

 最終的に父の死を受け入れ覚醒して炎龍撃破の一撃を叩きこむのですが、まともに物を考えられない状態か寝ているかのどっちかでしかなかったため、そこに至るまでの葛藤やら何やらはほとんど周りの人間の都合とセリフだけが転がしてしまい、全くトドメの展開が盛り上がりません。

 実質何もしていないものの、何もできないことは視聴者が理解できるので好感度が下がることはなく、むしろ魔法で強制的に眠らされて起きたら命がけの戦場真っ只中だったという状況や、「テュカのため」という盾の下でダークエルフの犠牲者が多数発生したことなどを踏まえると、彼女はヤオや伊丹やレレイに都合よく使われたとしか思えず、ただひたすらに可哀想。

 彼女以外の主要人物がそろいもそろって自己中心的な外道のため、相対的に彼女の株はむしろ上がってしまったのですが。

 そんな可哀想な目に遭ったテュカですが、炎龍編以降また話の本筋から外れ、さらにセリフが減少し、1話の間に3回喋っていたら多い方というあんまりな扱い。

 最終話でもジャイアントオーガーに立ち向かうのはレレイとロゥリィで彼女は別の場所でのサポートというのが扱いを物語っていると言えますが、全部終わって彼女に抱く思いは金元寿子の無駄遣いというものでした。

 単なるモブではない主要キャラ(繰り返しますが、キャストの順番は二番目で一応メインヒロインの扱い)なのに、ここまで声優の持ち味を活かせないキャラもそうはいないのではないか。

 テュカの扱いの悪さに対する不満と同時に湧き上がってきたのが、レレイの謎の優遇。

 一応、導師号試験に加え人間の身で炎龍を倒した彼女の命を狙う暗殺者の存在があり、最終章は彼女がメインのシナリオと言えなくもないですが、結局暗殺者「笛吹き男」は投げ捨てられるし、帝都の揺らぐ情勢と並行して描かれていくのでどちらがメインかわかりづらく散らかった感じに。

 それでもなおレレイのセリフと出番は多く、魔法を用いた戦闘での貢献度は明らかにテュカより上に描写されており、伊丹との交流も炎龍編のテュカ以上にきっちり描写されているのが、腑に落ちません。

 そんな優遇を受けるレレイですが、炎龍編では炎龍に対する攻撃を数回試行、通用することを確認した後に「村の仇」を突然振りかざし、狂気の笑みを浮かべて攻撃を続けるという描写がされています。

 「村の仇」を叫ぶことに説得力があればまだしも、ここまでそんな説明が一切されないためそこがあまりにも唐突過ぎ、むしろ何かの言い訳に「村の仇」を使ったとしか思えないのですが。

 で、その上で考えると、言うまでもなく炎龍は特地側の存在で、また炎龍編で炎龍の生態などを詳しく説明してきたのはレレイであり、あの決戦中で一番炎龍の生態と特性に詳しいのは彼女ということになるのですが、それらをつなげていくとあの攻撃の試行と笑いの真相は学術的な興味と破壊衝動を満たすために「村の仇」を言い訳に使ったのではないか、と思うところで、そうなると完全に狂気の発露。

 これはレレイにも心情の描写(特に炎龍に滅ぼされた村をどう思っていたか)が足りないこともあってそう感じられるのですが、以降そのポイントに対するフォローなど一切なく、むしろ姉が出てきたのに滅んだ村のことの言及なしなため、より一層アレは狂気の発露だったという疑惑が濃厚になりました。

 そんな狂気を抱えるレレイがまるで賢いけど無力で純粋でかわいらしい少女のような扱いで展開されることに、私はどうしても嫌悪しか抱けませんでした。

 

 いくつか問題点を上げましたが、根本的に尺の都合では片付かない問題と話数の都合でカットした部分があるために浮上した問題とが入り組んでおり、そう考えると一番根深い問題は1だと思います。

 明らかに切り捨ててはいけないものを捨てて、どうでもいい要素を無理に描こうとした結果、全体として何がしたかったのかわからなくなってしまった、というのが本作の全体像だと思います。

 第1期から自分が面白いと思う要素を悉く外してくるアニメだったのですが、2期終了で(声優まで含めて)ここまで全部外れてしまうとは思いもしませんでした。面白い面白くない以前に、許せない。

 原作は未読ですが、政治思想とその描写についてはアニメ版とほとんど変わらないという話なので、だったらもう読まなくていいかな……という感じです。声もついてないし。

 

 最後に一言。

 金元寿子に謝れ。