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魔法つかいプリキュア! 第13話感想

『魔法つかいプリキュア!』の感想。

 まーたひどくグダグダな話が来たなあ……。

 朝日奈家とリコは山へバーベキューに向かうが、そこでリズと会う。リズは校長先生から預かった手紙を渡すためと説明。占いの結果「緑と水に囲まれた清らかな地」にリンクルストーンの兆しがあると出たというものだが、水晶玉で連絡すれば早いのに何故手紙を? と疑問に思う二人。

 バーベキュー用にお米をとぐ二人、リコは魔法で楽しようとするが自分でやってみると楽しいとそれを止めるみらい……からはーちゃんがクローバーを見つけてそこから四葉を発見するみらいがまたも魔法で楽しようとするリコを止める、その後実際にバーベキューを味わってから講釈を垂れるお父さん、と話のテーマを主張したいという意図「だけ」は見えるのですが、シーンや状況をころころ展開してからの主張を打ちすぎて互いをつなげる工夫がまるっきりないので、言葉だけが滑ってしまっています。

 そもそも、みらいの主張は「自分の手で実行することで見つけられる達成感がある」なのに(これ自体、「努力と根性」を信条としているリコが言うべきであってみらいが言うのがそもそもおかしい)、お父さんは「あえて苦労することでいつもがどれだけ恵まれているかわかる」と全く違う話を展開しているのですが、突然胸を張って説教垂れるお父さんにポカーンとした表情の二人組を見るに、的外れなこと言ってる間抜けなお父さんというギャグのつもりなんでしょうか(^^; この後急にハイテンションになるお父さんの姿があるので、そんなつもりはなさそうなのですが。

 猫の手ではない持ち方で野菜を切るリズが「料理が上手い」と言われるシーンもあったりして、なんかこう、本作のスタッフは「格好いい大人」を描くのがそんなにイヤなのだろうか。

 後片付け中に、自分もクローバーを探してみるというリコだがそこでバッティ登場、ハチと飯盒から生まれたヨクバールで攻撃してくる。

 毎度のことなのですが、話の内容とバトルとが完全に分断されていてちっとも入り込めません。

 空を飛ぶヨクバールにサファイアで、という戦略性は組み込んでいるし、今回は割と尺も長めにとって動くのですが、逆に言えば「動くだけ」です。

 バッティが積極的にプリキュアを攻撃してくる理由が今回は全く存在せず、ヨクバールへの対処法も、前半リンクルストーン探しをしていた時にハチに追いかけられたのを川に飛び込んで逃げる、というテーマと全く関わりのないギャグ展開の応用というもので、ノルマだから戦闘差し込んだといった感じ。

 本作、全般的にそういう「回のテーマ」と「戦闘描写および戦闘の展開」を馴染ませる工夫が足りておらず(しいて言えば、伊藤睦美さんの脚本回だけそういう工夫をなんとか組み込んでいますが)、むしろ戦闘無い方がすっきり見られて落ち着くのではないかという展開がずっと続いており、他の方の感想で「本作のスタッフはバトルをやりたくないのでは」という疑問を浮かべていたのが本気でそうなのではないかと思えてきます。

 なんというか、一つの皿におはぎとマグロの刺身を乗せて出された、ぐらいに噛み合いません(^^;

 戦闘終了後、リコは校長先生の手紙を「魔法に頼らずに探してみろ」と解釈し、実際に四葉のクローバーを探し当てるとそれがペリドットに変わるのであった。

 一見自分の力で行動することを促しているように見えて、本作ここまでの話を踏まえたらそうやって探すことでリンクルストーンが見つかる運命なんだよという裏が透けて見える上に、そもそも魔法の扱いが単なる便利な道具レベルなことがどうしても腑に落ちないのですが。

 このナシマホウ界で魔法が普段から自由に扱えるというのならともかく、「魔法を使っているところを目撃されたら杖を没収される」という設定が置かれている以上は、そこから導き出される条理は「原則として日常では魔法を使わない」というのが当たり前の話であって、ずっと思っているのですが根本的に「見られなければいい」はおかしい。

 ナシマホウ界での魔法に制限を持たせたいけど、制限しすぎると使えなくなって作品の特色が消えるのでなんとか使えるようにしよう、ということから思いついたのかもしれませんが、「見られなければいい」が話を膨らませるどころかあらゆる場面で話の整合性を失わせる足枷にしかなっていません。倫理とか道徳とか持ち出すまでもなく、作品の設定として大きな問題。

 その上で今回さらに大きな問題なのが、そもそも「見られなければいい」さえ成り立っていません。

 前半、ハチに追いかけられるところを一緒にキャンプに来ていたクラスメイトの勝木さん(以前にも何度か目撃)に目撃されるのですが、そのシーンではリズまでも空を飛ぶ二人を目撃していて完全に言い逃れできない状況とされてしまっており、そこから出てきた展開は目撃情報をごまかす二人組に横からご飯が炊けたことを伝えに入ってくるリズで話を打ち切り、以降全く触れないというあんまりに雑すぎる誤魔化し

 どう考えても、目撃者が身内だったのをいいことにだんまりを決め込んで掟をないがしろにしたという内容であり、つくづくリズはロクデナシ。

 さて、リンクルストーンを見つけたリコはリズに報告に向かうと、リズがここにやってきたのはリコの力に引き寄せられたのだろうとして、リコの杖について語る。

 以前、第6話でやった内容の単純な繰り返しでしかなく、ここで話すならなんであの時話しておかなかったのかという問題に加え、そもそもリズが手紙の届け役を買って出たのではなく校長先生の指示で来たのだから「引き寄せられた」という部分にさらに疑問符がつきます。

 そもそも今回単体での話のテーマが「自分でやってみよう」なのに、リコの生まれの物語は「世界は君を選んでくれている」というまた別の話なので噛み合いようがないのですが(^^;

 川の光を背景に演出していいシーンっぽくしているのですが、実際に話されている内容が一昨日の方向なので、まるっきり感動できません。

 話の上で伝令役がリズである必然性は、これを伝えられるキャラクターがリズしかいないからに集約されるのですが、そこが全く話に入っていってないのはどうしたことか。

 先ほどの「魔法使用をリズはだんまり」を考えると、これを伝える話にするためにリズを選んだのではなく、魔法を見逃すキャラがリズしかいない→でもそれだけでリズを遣わすのはおかしいので理由がいる→これを伝えるためと理由をつける、という逆の因果で話を組んだのではないかと邪推までしてしまうのですが。

 で、それを聞いたリコは立派な魔法使いを目指して励むことを誓うのですが、前に書いたようにこのリコの杖の物語が示したのは「リコの天賦の才の肯定」と裏返しの「それ以外の要素の否定」で、それを何ら疑問を抱かずリコが肯定するようでは色々マズい。

 本作の根幹に関わる疑問なのですが、本当にリコは「魔法には努力と根性が大事」と思っているのでしょうか?

 今回のエピソードには「努力と根性」を本気で信じているリコも、その努力と根性を認める大人もおらず(朝日奈父の言葉は要するに「無駄な努力の否定」ですし)、つくづく本作のスタッフは「努力」が嫌いなんだろうなあ、と思わされる内容でした。

 次回、赤点のみらい……うむ、とてつもない地雷の予感だ!

 本作の現状で「勉強」を持ち出すと、一昨年と全く同じ失敗になりそうなんですが、次回の内容次第では本気で感想切るかも(^^;