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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

魔法つかいプリキュア! 第14・15話感想

『魔法つかいプリキュア!』の感想。遅れてきた&あまり細かく考えて書く体力と気力が薄れてきたので一度に2話分ということで(^^;

14話

 勉強だろうがなんだろうがワクワクするはずのみらいが、何故か数学だけはワクワクせず赤点。リコはそんなみらいの追試のため、彼女に勉強を促すことに。みらいはなんでもできるリコを羨むが、リコはこちらの世界に来てから字の練習などの努力を重ねてきたことを知る。

 「色々な経験が魔法を成長させると思うの。漢字や化学式、魔法界にない科目もいっぱいあるけど、全部頑張りたい。無駄な努力なんてない。どんなことでも一生懸命頑張れば……きっと自分の力になる」

 私、正直申しまして本作これまでの展開を踏まえると、ここで「誰かが支えてくれるから勉強する」という結論が飛び出すことを危惧していて、そうなったら視聴切るところまで考えていたのですが、ここでリコが一応踏みとどまってくれたのでほっとしました(^^;

 リコのガリ勉・努力家設定を考えるとこういう話が飛び出してくるのが筋だと思うのですが、前回は何故かこの点でみらいとリコとが逆に転がっていたりしていて、相変わらず本作の設定関連の曖昧さがどうしても目につくのが困った話。

 結果、みらいはなんとか再試験に成功し、現れたガメッツと戦闘に。他の幹部が集めた情報など、自分の戦闘経験だけで十分だから必要ないと粋がったガメッツだが、集めたリンクルストーンを駆使して戦うプリキュアに敗北し、予習と復習の大切さを教わって帰るのであった(あれ?)

 ……そもそもガメッツが戦闘に出た回数が少ない(確認したらこの時点で3回しか出動しておらず、明らかにスパルダ・バッティと比べて出番少なすぎです)から対策万全! と粋がる姿が結論ありきにしてもあまりにマヌケなのですけど、プリキュアは基本ヨクバールが出てから後出しジャンケンみたいな変身するのでガメッツ側にフォーム対策戦略が成り立っていないし、「今日はその姿か」と言いながらダイヤの特性が曖昧(特にルビーとはどう違うのか)なために連動して「ダイヤだからこういう攻撃をする」という説得力も皆無という、あらゆる角度から意味不明な戦闘(^^;

 プリキュアの戦闘に際してモフルンが「二人は成長している」と発言しますけど、リンクルストーン戦術(twitterで指摘されたのですが、『銀魔法』というそうです)の方も過去に2回しか使っていない(6話と8話だけ)ため、この一点で二人の成長を計るのもかなり無理があります。

 で、この点で気づいたのですが、これまでに銀魔法を使ったエピソードは全てダイヤだったのですけど、まさかこれ、ダイヤでないと使えない能力なのでしょうか?

 公式サイトにそんな記述はなく、劇中の言及もないためわからないのですが(雑誌までは未確認のため載っているのかもしれませんけど)、すると今回は

 ガメッツはダイヤだと肉弾戦しかできないと思っている(以前の銀魔法使用戦闘は両方スパルダだった)→そこでミラクル&マジカル、銀魔法使って反撃→知らない戦術が出てきたので予習大事

 とつなげる意図だったのか。

 前提として、
 ・使った回数が少なすぎで、視聴者には一部の能力のちょっとした描写しかわからない
 ・いうまでもなくみらい&リコも同じはずなので、今回ダイヤ(銀魔法戦術)を使う根拠に乏しい
 ・そもそも、本当にダイヤでしか使えないのか不明
 と並んでいるのが問題で、これを成り立たせるためには最低でも一回は他フォーム(特に能力面で差別化が一番薄いルビー)では使えないことを見せておかなければならないのですけど。

 仮に全部がこの推測通りになっているとして、半数に当たるペリドットとタンザナイトは今回初使用リンクルストーンであり、これまでの戦闘データには確実に載っていないと思われ、予習や復習したところで対策の立てようがないのではないかという話になっており、結論、大崩壊。

 (描写されていないだけで、話と話の間ではもっと戦闘を重ねていてそこで銀魔法を一通り試しているのかもしれませんが、さすがにそれは視聴者の想像に丸投げすぎているので、そんなことはないと思いたい)

 話のテーマと戦闘とを噛み合わせようとする試み自体は評価したい(本当はやって当然のはずだけど)のですが、とりあえず、アレです、本当に設定面の予習復習が必要なのはガメッツではなくスタッフ一同だと思います。

 シリーズ全体の流れとしてはともかく(今回も空にデカい文字を描くという露骨に見せること前提の魔法使ってますが、もうツッコむのめんどい)、今回の話単品だけで言うなら、リコの言動が大まかな設定(努力)の上では一応一貫していたことと、はーちゃんが花マルを練習して最後に成功させ、そこからリンクルストーンが出てくるという真っ当な努力の「過程」と「結果」を映像でつなげてきたところは良かったと思います。まあ何故か月のリンクルストーンですし、物質で運命がご褒美与えたのは引っかかりますが(^^;

 少なくとも、前回の坪田文脚本回よりはずっとマシでした。

15話

 今回の気になるポイントは、モフルンの性別は女でいいのだろうか。

 いや私、モフルンは両性というか無性というか「性別:モフルン」のイメージで見ていました(笑)

 寝坊したみらい・モフルンと予習忘れのリコははーちゃんのご飯を求める声に応じず、はーちゃんは自らリンクルスマホンでご飯を呼び出し大量に食べる。するとはーちゃんはしゃっくりするたびに姿を変えるようになり、学校や町を飛び回って混乱に陥れるのであった。

 はーちゃんの存在を「プリキュアが疑似的に母となるための疑似乳幼児」とし、母として無責任な振る舞いをしたためにトラブルを引き起こし、プリキュアが反省・成長するというプロット。

 描きたいことは理解できるものの、妖精関連で「みらいとリコが自分たちの都合を押し付けたばかりに妖精が混乱を引き起こす」と展開するのが11話と全く同じで、それだけで非常に印象悪いのですが、今回のネグレクト問題も現実世界の倫理ならともかく本作世界の倫理ならむしろ放置して当然の気がする……!

 朝日奈家とかリズとか教頭先生とか校長先生とか見てる限り、本作スタッフはメンターとか「子供たちを引っ張る良い大人」なんてものを1ミリも信じてないと感じているのですが、私。

 今回脚本の鐘弘亜樹さんは井上敏樹系譜と見ると、作風にそういうところが出てくるのはありそうに思うのですけど、今回だけどうとかじゃなくて作品全体としてそうなので、誰に問題あるのだろうか。

 重ねて言いますが、フィクションにおけるリアリティは「その世界でその現象が通用することに説得力があるか」であり、そのために設定を用意したり話を重ねて描写を一貫したりするものだと思っているのですけど、今回はこれまでに一貫されたダメな描写が完全に話の腰を折ってしまうというダメな方へまとまってしまいました(^^;

 で、唐突にリンクルストーンの気配を感じる能力が出てきたスパルダ(エメラルドのありかを吐かせようとプリキュアに迫っていたはずなので、これがあると根っこから崩壊するんですが(^^;)に捕まるはーちゃんはプリキュア達に助けられた後、迷惑をかけたことを謝罪。

 はーちゃんの方から謝罪させるのは、はーちゃんを「物分かりの良い子」として嫌味を持たせまいとしたのでしょうが、今回の話の根幹を考えるとむしろはーちゃんに意思能力と責任能力を与えてしまうとみらい&リコの対応が肯定されてしまう(はーちゃんの自己責任の問題を普通にはーちゃんに任せただけ)ことになってしまい、やっぱりこの世界観では放置が正解ではないのか。

 本作の世界に必要なのは「謝る」人でも「許す」人でもなくて「叱る」人ではなかろうか。

 はーちゃんのトラブルは何故か巻き込まれた人々がすべていい方に解釈したことで特に問題ないからいいよねと言ういつもの「バレなければイカサマとは言わないのだよ」理論で強引に処理。そしてはーちゃんからリンクルストーンの気配を感じ取ったスパルダがヤモーに報告すると、幻のアイテムリンクルスマホンに反応するヤモー。

 結構重めの単発テーマを展開しながら話の本筋に関わる重要設定を転がすという展開なのですが、これをシリーズ構成がやるのでもそれに次ぐ立場のサブライターが書くのでもなく、実質的に本作がデビューの新人に書かせているというのにちょっと頭を抱えたくなるのですけど、大丈夫なのか本作。