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魔法つかいプリキュア! 第21話感想

魔法つかいプリキュア!』の感想。

 いやー、ほんっとーーーーーーーーーーーーーーーに、酷い。

 以前、本作を例えるのに「地盤が緩いとか海だとか通り越して、言葉だけ壮大だけど実態は何もない宇宙」と称しましたが、ようやく星を作るところに着手したと思ったら宇宙まで消し飛びそうな内容。

 ドクロクシーに世界中の力を吸い上げられ、植物が次々枯れていく。

 「合い異なる二つの力一つになりしとき、それは全てを超越し究極へと至る」

 と、大いなる災いの予言と同じ時期から伝わる予言を口にするヤモー。エメラルドと闇魔法を合わせたドクロクシーは、全てを飲み込み己の力にしようとする。生徒を守るのが校長の務めと、校長先生はみらいとリコを引きさがらせようとする。

 「伝説とか、闇の魔法とか、いきなり言われても私にはよくわからない。そんなことより……そんなことよりはーちゃんを、はーちゃんを返して!」

 は?

 ………………………

 えっと……「絶句」という気分を思いっきり味わっているのですが、私(^^;

 普段リアルタイム視聴、後で録画分視聴しつつ感想まとめとしているのですが、今回諸事情でリアルタイム視聴できず録画で初見だったのですけど、このセリフが飛び出した途端に一時停止してリアルに頭を抱えました。

 これまでリンクルストーンの話とかスマホンの話とかは序盤のうちに校長先生がしてくれていますし、それから闇の魔法使いと何度も戦いを繰り返してきたみらいとリコたちはどう考えてもそういった事情を知る機会も実際に口で伝えられたことも山ほどあったのに、「いきなり言われた」扱いしてるのは、耳と脳と性格のどれが悪いのでしょうか?

 この世界の事情に対して発する言葉が「いきなり言われた」と「よくわからない」なのは、まあ本作の設定と流れからすれば当然すぎるのですが、本当に残念。

 そして同時に、改めて思い知らされます。

 「ああ、やっぱりこの子たちは『動いていない』んだな」と。

 考えるより行動」って言葉は、単なる思考停止をごまかす言葉としてしか使ってないんだな、と。

 これまで発してきた啖呵も何もかも、上っ面だけの綺麗ごとでしかないのだ、と。

 これまで示してきた「世界から学ぶことがある」も「大切な人がいるから世界を守るために戦う」も、何もかもが「よくわからない」のたった一言で跡形もなく粉砕されました。

 間違いなく、「キュアップ・ラパパ」をも越える最強の魔法の呪文です。

 せっかく仕切り直しの意志を見せて、これから何を作るのかと思っていたところに、わずかな材料までも虚無に還しにかかる、恐るべし『まほプリ』クオリティ。

 言葉の選び方にしても、形式上は「ヒーローが個人的な思いと世界全体の正義を選択させられる展開」であるにも関わらず、主人公が繰り出す言葉が「今はそんなことは問題じゃない」とか「そんなことは関係ない」などじゃなくて「わからない」とか、あんまりにお粗末すぎる。

 正直、脚本叩き返せってレベルの内容だと思うのですが、誰一人として疑問に思わなかったのか。

 まあ、今回のエピソードはこれさえも越える地獄がこの後待ち構えていますが。

 台詞自体の内容も悪夢ですが、このときのみらいの怒りの演技と、直後飛ばされるリコを掴んだときのみらいの「大丈夫だよ」の演技も問題あり。

 第6話でも全く同じ問題があったのですが、「みらいが怒っている声」になっておらず、別人の怒り演技としか感じられません。目を閉じたらみらいだとはわからないぐらいにいつもとトーンが違いすぎます。

 第6話はまだしも、今回はこの直後にやたら長々と時間稼ぎっぽい台詞入りの回想を差し込んで、比較対象としての普段のみらいの口調が明確に押し出されてしまうので、余計に悪目立ちしています。

 高橋さんの実力からいって怒り演技ができない人とは思えないのと、本作全般のグダグダっぷりとを考えると、演技指導と音響に問題があるのだろうと思うのですが。

 手をつなぐ二人、するとドクロクシーが取りこんだリンクルストーンが輝いて飛び出し、二人はダイヤに変身する。

 プリキュア……私の占いは示していました。輝き目覚め、闇うごめき、かつてなき変動を迎える世界。そして、その中心に降り立つ二人の魔法使い。運命をも覆し得る奇跡の魔法

 えー、先ほど述べたみらいの台詞をも越える地獄というのが、このヤモーの説明。

 聞いた瞬間に再度一時停止してまたも頭を抱えたのですが、なんかもう、本気で東映アニメーションに罵詈雑言を敷き詰めた手紙を送りつけてやろうかとか考えるぐらいに、腹立たしい。

 非常に汚いですが、その、スタッフに投げたい言葉は、やる気ねぇのか、テメーら?!!

 前回のエピソードで書いたのですが、本作はここまで「運命の存在を肯定している」世界観なわけであり、そこに対してカウンターとして用意されたのが「いずれ来る大きな災い」なのであって、その場合肝要となるのは「運命によって回避できない不幸があるなら、一体どう対抗するのか」を考えることなのです。

 それをやるために、まずドクロクシーを倒した上で物語を仕切り直そうとしているはずなのですが、仕切り直しの途中段階であるここでプリキュアは運命を変えられます」ってしょうもない予防線を張ってくるという、悪い意味で衝撃の組み立て方。

 前回、「これまで」を全て茶番に仕立て上げたというのに、始まる前から「これから」を茶番以下の三文芝居にしてしまいました。

 レースのスタートで思いっきり転倒した後、あんまりにグダグダの走りをしたためにもう一度スタート地点に並べて仕切り直そうって話になったのに、何の意味もなくスタート地点に落とし穴用意するという理解不能の行動を運営が取って、「位置について、用意」のところで落とし穴が開いて選手を落とし、運営だけがそれ見てゲラゲラ笑っている、みたいな。

 物語を作るのに、なんでもかんでも新しいことに挑戦する必要はないでしょうが、本作は古いセオリーを徹底的に無視しまくるくせに、物語の作り方を楽な方楽な方へと誘導しすぎです。

 だから「やる気ねぇのか」と怒りたくもなるわけでして。

 まあ、これまで考えられていた年間の構想(なんてものが本当にあるのか知りませんが)を破棄されて、全く違う内容を展開することになったためスタッフ全体のモチベーションが低下している、という可能性はあるかもしれないのですが、1話さえも保たせることができないのは杜撰すぎで、いくら何でももう少し粘れと言いたい。

 いかなる伝説も魔法もドクロクシーの力には無力と言うヤモーに、伝説とか関係ないからはーちゃんを返せと迫るプリキュア

 そういう台詞は、世界の実情をきちんと見た上で、かつきちんと関係を構築出来ている存在との選択を迫られるからこそ格好よくなるのであって、前述通り二人とも世界の実情を見据えもしなければそのための行動すら起こしていない(考えさえもしないばかりか無視を決め込んだ)し、はーちゃんも食事以外はほとんどスマホンに閉じこもっていて、出てきているところもモフルンの世話の比重が多いわ放置して厄介事引き起こしたわ、挙句自らを責めるはーちゃんにフォローを入れず放置したわで全く関係を構築できていないために、格好よさを構成する素粒子の一粒さえ見当たりません。

 Aパート長めにとったこともあって銀魔法を駆使した戦闘自体は動き回って格好いいですが、そこにつながるドラマがあまりにもズタズタなので、完全に冷え切って見ています。

 プリキュアに大ダメージを与えたところで、さらにエネルギードレイン(仮)を続けるドクロクシー。

 ナシマホウ界も魔法界も無関係に吸い取っていくのですが、植物以外から吸い取らないという謎仕様。

 ナシマホウ界でみらいの母と祖母が枯れる花を見て驚いているのに特に力を吸われている様子はなく、何故彼女たちが平気なのか。

 以前コメントいただいたように「みらいに血統の設定を持たせない」が貫かれるならば、彼女たちが例外であるとは考えにくく、彼女たち以外の人間が吸い取られているのかどうかも描写されない(少なくとも目の前の校長先生やヤモーは平気ですが、この二人は特殊すぎます)ので、「朝日奈家だから効かない」ではなく「人間と動物には効かない」と読み取れるのですが。

 本作のこれまでの傾向からこういう描写を今後の伏線としたり意味を説明したりすることはまずないだろうと思われる(そうするだろうと思うほど、私はスタッフを信用していません)ので、今回だけの描写で考えると、朝日奈家が倒れたら困る事情があるから通用していないというのが正解だと思われます。

 プリキュア達は「世界などどうでもいい、はーちゃんを取り返すためだけに戦うんだ」という意識で戦いに挑んでいるので、実の母や祖母が倒れたときにまでそれを貫いてしまうと、みらいは家族を捨ててはーちゃんをとったことになり、それが「みらいは自分勝手」というイメージにつながることを恐れた、というところではないでしょうか。

 実際、みらいはその点を何も考えず「はーちゃん返して」を勢いで叫んだのだから、イメージも何も自分勝手と呼んで間違いなく、当然そこの責任に向き合うべきなのですが、ここでまたしても本作スタッフは「責任と向き合わせる」というポイントから逃走。

 おまけにその逃走手段が「実際に被害は及んでいないのだから問題ない」という『まほプリ』お得意の詭弁でして、これによりただでさえ曖昧だった「ドクロクシーの世界に対する脅威度」が非常に大したことないように印象付けられてしまうということにもなって、何一つとしていいことがありません。

 そんなドクロクシーを見て、私もお力にと唐突に歩み寄るヤモーとそれを止める校長。

 闇の魔法が「強引に合体させる」ことによる弊害は以前に描かれました(ペガサスと花のヨクバール)が、自ら進んで、ましてや「誰かの力になるために」取り込まれることを望むという要素は今まで一度として匂わされたことがないので、ヤモーの処分のために適当な事並べただけにしか見えません。

 校長先生がヤモーを阻止する特別な理由とかも、無いですし。

 ヤモーを吸収して強化したドクロクシーは校長先生も飲み込もうとするが、プリキュアが阻止。

 「みんなの力を無理矢理飲み込むなんて!」

 「そんなの、力を一つにするなんて言わない!」

 まーたそういう、心にもない上っ面だけの綺麗ごとを脈絡もなく投げに行く……

 この子たちの言動の据わらなさは本当に、運命が飛ばした電波にしゃべらされているだけにしか見えないのですが。

 金魔法を発動するプリキュアだが、ドクロクシーのビームに押される。

 「ドクロクシー! あなたがどんなに強くても、全てを飲み込もうとしても!」

 「私たちの力は、絶対に奪わせない!」

 「私たちの力は、大切なものを守るための力!」

 「「大切なはーちゃんを助けるための力よ!!」」

 これまでの積み重ねの薄っぺらさ、ここでもなお「大切なもの=はーちゃん」を強調するばかりの視野の狭さ、アップ時の作画の悪さとあらゆる要素がテンションを下げていくプリキュアの啖呵のシーン。

 ドクロクシーのロケットパンチに持ち上げられても攻撃の鍔迫り合い継続中と映像も混乱気味になったところで、プリキュアが手をつなぐとドクロクシーからはーちゃんが飛び出し、その隙を突いてダイヤモンドエターナルでバラバラに粉砕されるドクロクシー。

 仮にもボスキャラなのに通常の金魔法で倒されたということは、今更その程度で下がるほどのテンションでさえないため、もう考えないことにします。

 バラバラになったドクロクシーだが欲望の怨念はなおも地上のみらいたちを襲う。しかしリンクルスマホンから出てきたはーちゃんが急成長、花の形をした光の波を浴びせると、怨念は霧消し、安らかな表情のクシィの幻影がはーちゃんと共に高く飛び立っていった。

 クシィはもともと死んでいる人間であり、本作の倫理からいって生き返らせて救済とかさせることはいくらなんでもないだろうと思っていましたが、20話分の茶番の元凶の癖に善行のためだったから許されたみたいな扱いで、腑に落ちません。

 少なくとも、この亡霊の微笑みには友だった校長先生の老いた姿への想いとか自分が出した被害への後悔とかまるっきり感じられなくて、好き勝手世界を荒らした挙句に一人だけ満足して死にやがったという不快感が募ります。

 被害は「お約束」により、速攻で元に戻るのですが。

 スマホンから消えたはーちゃんを探し求めるみらいたちだが、見つからない。モフルンが甘いにおいを感じたことで、再会を信じるみらいたちで今回は締め、冷え切ったテンションから次回は追加戦士登場。

 えー、切るなら多分今回が潮時なのでしょうが、もうすでに何度もリタイアしようと考えたのをなんだかんだ踏ん張ってしまったので、よっぽどの事情がない限り意地でも最後まで見ます、ハイ。