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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

魔法つかいプリキュア! 第25・26・27話感想

魔法つかいプリキュア!』の感想。

 どうでもいいですが、ひらがな名前で「は」や「の」などが入る名前は文章にすると接続詞と混ざってしまうのでややこしいことこの上なく、例えば「春野はるか」「間咲ののか」とかは感想書く身としてはすごく面倒くさいのですが、「ことは」は「こと」が単語で「は」が接続詞として成り立ってしまうので感想書きとしては最凶クラスに面倒くさい名前です(笑)

 「はーちゃん」でも紛らわしいのですが、多少マシなので出来ればそっちで。

25話

 もうなんか、「魔法を使っているところを見られたら杖没収」設定は作り手が意地でもなかったことにしたいみたいなので、潔く無視をすることにしますが、

 現時点での作中視点ではみらいもリコもそんなことを感知できるはずがない(実は○話と○話の間で説明されてました、とか持ち出そうもんなら、スタッフは創作向いてないから全員荷物まとめて田舎に帰れと叫ぶレベル

  という話を前回の感想で書いた矢先に捏造されるカキ氷の件。

 『北斗の拳』のボルゲみたいに、本来の予定以上の引き延ばしのために書かれていなかった内容を急遽作り上げて物語の中に落とし込むというものはたまにあるのですが、本作別にそんな切羽詰まったわけではない(基本1年4クール連続展開の予定がされるシリーズで2クール目の終盤でしかない)ので、要するにこれが意味するものは「今までそういう描写をすることができませんでした」という敗北宣言です。

 そこを描けないで、どうして「物語」を作る意味があるのか。

 今までそこに注力できなかったと納得できる事情があるならまだしも、そんなものをこの2クールの展開に一つも感じられませんし。

 カキ氷を食べようにも製氷機が壊れているので朝日奈父が修理している間遊ぶみらいたち。はーちゃんは海を楽しくしようと魔法で混乱を起こし、その対応に疲れるみらいとリコ。

 まあ、杖を没収されることを忘れたなら、乾いた笑いぐらいは浮かぶ、かな……。

 ヤモーの策略により、氷を捕ろうと一人で洞窟に入っていくはーちゃん、そのまま閉じ込められる。

 ヨクバールをはーちゃんが魔法で作った帽子と岩から作り出すのが、すごい行き当たりばったりっぷり。

 落ちている帽子を見て後から追いかけてきたみらいとリコが心配するとかそういう展開を想像したら、そういうのを意地でも外すうえに新しい面白さは何も提供しないのが本作の安定感。

 途中に飛んでくる蝙蝠を素体にしないのは、バッティに遠慮でもしたのかと思いたいのですが、上のような雑さだとそんなことすら考えてないのだろうなあとしか思えません(^^;

 で、ヤモーから自分勝手のために二人を動けなくしたことを問い詰められるはーちゃん、それを理解した上で飛び出すのが「二人がいない分まで私が頑張る」という相変わらず書き手の無神経さが滲み出た台詞で、そんなにヘイト集めたいのでしょうか。

 そこから今回最大の問題点は、それでフェリーチェが単独変身してしまうこと。

 一応、「ミラクル・マジカルの役に立ちたいという思いがないと変身できない」が制限なのですが、これまでは一応「二人が戦っている」上で変身するので、二人とフェリーチェの変身が相互に作用しているように話が出来上っていたのですけど、今回ははーちゃんの都合で動けなくなった二人に代わって戦いたいから変身という完全な一方通行でしかないため、自分の意志で自発的に変身したのと全く同じであり、それはつまり制限が撤廃されたのと同じです。

 今までの話で展開された「二人の役に立ちたい」と明らかに別種であり、一番変身させちゃダメな内容だと思うのですが、「二人の役に立ちたいという思い」ならなんでもいいのだと言わんばかりに、全く本質が異なるものを混ぜ合わせて破綻しました。

 まあどうせ、フェリーチェの変身制限は本作スタッフのことだから持て余して放り捨てるのだろうと諦めもついてましたが、たった2回で投げるとは(^^;

 変身できても実力が発揮できないかと言われると、普通に互角以上に戦えているばかりか、その後救援に来たミラクル&マジカルはサファイア金魔法で攻撃した後笑顔で振り向いてとどめを刺すように言うなど、作中視点でも「フェリーチェが撃破して当たり前」になっているのがつくづく酷い。

 最終的にはーちゃんは迷惑をかけたことを謝罪するが、みらいとリコはあっさり許す。しかしカキ氷が食べたいので製氷機には魔法でこっそり氷を作っていたのであった。

 ……前にも書きましたが、本作に必要なのは絶対「叱る人」だよなあ……。

26話

 前回、丸ごと1話分使って「迷惑かけたことを謝った上でこれからも家族でいることを強調する話」を描いたように見えたのですが、そこからそれをひっくり返せるほど重大なファクターを何ら用意しない(悪夢を見ただけでは軽すぎ)のに「エメラルドと私がいると二人に迷惑だから出て行く」って話を翌週に展開できる杜撰さには、本気でシリーズ構成と監督を絞め上げたいのですけど。

 二人にクッキーを作ったはーちゃんは一人で街に飛び出すが、行く当てもなし。空腹を自分が作ったクッキーで満たそうとするが、塩と砂糖を間違えてしょっぱいクッキーだったことを知り、それでも美味しいと食べた二人を想う。そこへ自ら変貌したヤモーが現れ、はーちゃんを体内に作った檻に閉じ込める。

 はーちゃんを心配して来たミラクルとマジカルの二人、はーちゃんの悩みに何故相談しなかったのか問い詰めるが、そんなもの、

 親 の 君 た ち が そ う だ か ら だ よ ! !

 としかならないのですけど。

 どうして本作、研ぎすぎて投げる前に掴むことすらできないブーメランを作り上げるのか(^^;

 はーちゃん側からそんなことを言えるはずもないですが、そこからはーちゃんが「二人もクッキーの味で嘘ついていたじゃない!」という論点ずらしの誤魔化しで逃走しようとするのが、実に『まほプリ』クオリティ。

 そもそも、飛び出してきた原因にクッキーの味は関係ない(飛び出してきた後にクッキーの味に気づいた)ので、「クッキーの味で嘘をつくような人間だからミラクルとマジカルは相談できるほど信用できない」は成り立ちません(普段からそういう根性ネジ曲がった人間でもおかしくないけど、この二人)が、続いて「はーちゃんの想いが詰まっていたから本気で美味しいと思っていたんだよ」というさらなる論点ずらしから斜め上にすっとんでいきました。

 はーちゃんは「ヤモーは自分を狙うのだから自分が二人に迷惑をかけてしまう」と思っているのが問題である以上、回答としては「迷惑だなんて思っていない」か「迷惑をかける子供でも守るのが親だ」とか、とにかくはーちゃんの心情を汲み取ったうえでフォローするのが順当ですが、「なんで相談しないの→みらいとリコだって本当のこと言ってくれないじゃない!→私たちのは本音だよ!」という論点ずらしの連続の結果、「何が描きたかったのか」だけでなく「そもそも何から始まった話なのか」さえも行方不明になるという、超アクロバット脚本(悪い意味)。

 伊藤さん、本当どうしたんだろう、今期……。

 ともあれ本音を受け取ったはーちゃんは変身、ピンクトルマリン(が何故出てきたのかもよくわからない)の力で攻撃を跳ね返したりしながらヤモーを撃破し、ヤモリに戻すのであった。

 ヤモー、ドクロクシーの悲願を自分が果たすことに固執して、退場直前はドクロクシーの骨に一人で話かけるなど危うい状態でしたが、だからといって特に面白く膨らんでくれるでもなく、フェリーチェ加入期間のダシにされて終了

 何分プリキュア達がまったく敵組織と向き合う気配がないので、ヤモー退場が物語にもたらした影響が「闇魔法の使い手が全滅しました」以外に存在しないというあたりが、凄くてひどい。

27話

 夏休みなので家に許可をとったうえで魔法界に遊びに来たみらいたち。魔法学校は夏祭りの準備中。

 これまで妖精がはーちゃん以外一匹も出てきていないのに「人間になる妖精なんて聞いたことがない」という地雷を投げ込んだのですが、食堂で働いているアレは妖精……なのか……?

 相変わらず魔法でできることとできないことは曖昧なのですが、魔法界のミカンは特殊だとか入道雲の布団とか、そういうネタが出てくること自体は面白いです。

 校長先生に対して、悲しい別れを経験するのは嫌なのでみんなと一緒にいたいという願いを告げるみらい。

 第9話の別れが後からナシマホウ界に平然と来る魔法界の人々のせいで空虚になってしまったり、はーちゃんも戻ってきてしまったり、特に話をしたこともないクシィを入れてしまったりとするため「別れの辛さ」に重みが生まれてこないのですが、何せ本作はそういう「ヒーローとしての軸」が一切用意されないのにグダグダ戦ってきたので、胡散臭くても用意された分だけマシ、と考えることにします。

 0点と0.1点ぐらいの違いですが、点数入っている分だけ0点よりまし、みたいな。

 ある材料からなんとかひねり出そうとするとこの程度しか用意できない、というのは根本的にみらいのキャラクターが薄すぎることの証左でもありますが。

 そこに現れるラブー、自らの主人であるデウスマストをこの世界に迎えるためにこの世界を掃除するから攻撃! と、曖昧だった「世界を闇に閉ざす」よりもずっと具体的かつ危機として感じられる目的を説明。

 呼び出される「ドンヨクバール」は「ムホー」の力によって生まれるもので、ドクロクシーの闇魔法はそれの模倣品らしきことを示唆し、台詞と設定の上ではドクロクシーの骨から生まれるヨクバールより強いことの説得力を追加。

 なんかこう、どちらも本来あるべきものなのですが、今までそういうのさえ用意しなかったのが本作なので、素直にわかりやすく出てくれるとそれだけですっきりします(笑)

 結界をエメラルドパワーで破って突入してきたはーちゃんたちと変身。

 まあ、ある程度予測はできたものの、案の定ミラクル&マジカルの変身バンクとフェリーチェ変身バンクは傾向が全然違いすぎるので、変身バンクを組み合わせると凄い違和感が生じてしまいます。

 田中裕太さんは個人的に買っている演出家ですが、残念ながらフェリーチェのバンクについては完全に失敗作と言うほかありません(^^; この動きの噛み合わなさは演出よりコンテの問題でしょうし。

 ドンヨクバールの攻撃に吹き飛ばされるミラクルたちだが、ミラクルは自分の願いである「悲しい別れはしたくない」を達成するために出来ることをやろうとし、一人で突っ走るミラクルを助けに入るフェリーチェとマジカル。

 普通にミラクルとマジカルの金魔法で倒してしまいましたが、これまでもはーちゃんのエメラルドパワー込みでドクロクシーや幹部を金魔法により撃破してきたので、結束ブーストで見た目変わらないまま強化されていると解釈しときます。

 ……なんでこんなに、気を遣って視聴しなくてはならんのだ。

 (見ると決めたので、見ますけど)

 細部の雑さはどうしようもないのが多数ですが、より具体的な敵の目的、曲がりなりにも用意された「みらいが戦う理由」、その戦闘が周囲に及ぼすプラスの影響(校長も力を失った自分に自信が無くなっていたところ、みらいの言葉で防御魔法を繰り出すというのは、「言葉は魔法」という話も一応拾えていて良かったと思います)と、ヒーロー番組としての基本部分はかろうじてそろっている内容でした。

 これまでは単品でさえ文字通り「お話にならない」内容だったので、一応「話にはなっている」という点で、『まほプリ』にしてはまとまっていたかと。低い方と比べても仕方ないですけど。