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魔法つかいプリキュア! 第29話感想

魔法つかいプリキュア!』の感想。

 エメラルド伝説を調べるも見つからないはーちゃんで開幕。

 すっごく退屈しているみらい&モフルンとそれを窘めるリコですが、エメラルドの存在と伝説ははーちゃんの存在に関わる話である以上、現状狙ってくる敵はいないにしても彼女たちが本当に「はーちゃんの親」であるならばいっしょに調べて当然のはずなのですけど、相変わらずどこまでも使命とか運命とかは「考えない」スタンスが徹底しています。

 そんな中、リコは図書館の棚からシンデレラの本を発見。どうやら魔法界にもナシマホウ界と同じ童話があるらしいのだが、話を読むと主役は魔法使い。

 リコは平然と「当たり前」と言い放つのですが、異世界で文化も違うのに同じ題材の童話が存在しているという謎、『シンデレラ』の魔法使いはナシマホウ界から見れば特異な存在であるが故にフィクションと呼べるところを当然に魔法使いがいる世界でもそのままな点(その上それでいて同じ『シンデレラ』というタイトル)、『シンデレラ』だけでなく『ピーターパン』『花咲か爺さん』という時代も作者も国もバラバラな複数の童話が平然と存在している点など、謎だらけ過ぎていてツッコミが追い付きません。

 話を聞くに魔法界版『シンデレラ』、現実世界の「不幸な境遇のシンデレラが魔女に助けられて幸福を得るサクセスストーリー」ではなく「不幸な境遇のシンデレラに魔法で幸福を与える魔法使いのヒーロー物語」な感じなのですが、具体的な内容にはろくすっぽ触れません(^^;

 例えばここで、「この世界の『シンデレラ』は実話で、登場する魔法使いは過去にナシマホウ界へ向かった魔法使いであり、その人の視点から描かれたお話が魔法界にある」という話ならまだ納得できるのですが、本作はいつもそうなのですけど、魔法使いが当然に存在する世界観なりの視点というものがとことん抜け落ちているので歪になっています。

 というか私、これまでの描写から「魔法界の住民は異世界を渡り歩く文化侵略者なのではないか」という疑念を抱いているので、その観点から立つと魔法界の童話はナシマホウ界から持ち帰ったものを魔法使い主役に改変して公開したものなのではないかと邪推までしてしまうのですが(笑)

 ナシマホウ界の住民全てが魔法の民になるときには、オリジナルの『シンデレラ』は失われていることでしょう、多分。

 リコが未だに冷凍ミカンの解凍をできないこと(それをギャグにしてしまえること)など、些細に見える話です(^^;

 その夜、目を覚ますとリコは『シンデレラ』の魔法使いに、みらいとはーちゃんは鼠に姿を変えていた。そして彼女たちは何故か学校とは違う家におり、その中では闇魔法使い幹部を母&姉に持つ、モフルンの姿があった。モフルンもといモフデレラを助けるために、冷凍ミカン馬車と魔法の衣装で助けるリコたち。

 闇魔法使いの登場は今でも彼らが生き残っている状況ならまだしも、現状で出されても特に面白いわけではなく、というか既に手ごろな悪役いないので引っ張ってきただけにしか見えません。

 遊佐さんや中田さんが姉とか母を演じるのはシュールで、ちょっと笑ってしまうのですが(モフルンの叫びに「モフ」語尾で返すガメッツは中田さんのアドリブでしょうか)。

 また、彼らの扱いは「既に現実には存在しない人物が、夢の劇中劇世界に現実と異なる人格で登場する」という話なのですが、モフデレラの登場に際して彼らだけで対策会議をするシーンが挟まれるのは、どう考えても無駄としか言いようがありません。

 ここには現実の人間――みらいとリコとはーちゃんの視点が一切存在しないので、さらに彼女らをフィクションの人物として見ている視聴者からすれば、二段階に壁で遮られた先の場所で話していることを見ていることになってしまってます(ここで闇魔法使いが現実世界で生きており人格もそちらと共有していて、彼らに視聴者として感情移入できるならわかりますが、そうではない)。

 確実に言えるのは、何故このタイミングでこの話をこの設定の下に出そうとしたのか、サッパリ理解できないということです。

 土台が備わっていないので、ヤモーの魔法が冷凍ミカンで跳ね返されてガメッツ巨大化、ミラクルは元の大きさで変身できるけどフェリーチェは小さいまま、プリキュアが勝利したら引き下がるけどガメッツが勝ったらガメッツが王子と結婚という条件付き戦闘、今回はプリキュアのバトルも直接戦闘ではなく舞踏会なのだからダンスで戦え! と展開した上で出てくるのがプリキュア音頭という話まで向かうと、単純に節操なしとしか感じられませんでした。

 ちゃっかりモフルンがシンデレラ衣装でバンクになっていたり、動くシーンの枚数がやけに多くて滑らかに動いていたり、作画もかなり安定していたところとか映像面では今までになくしっかり作りこんであるので、スタッフとしては多分毎回こういうのやっていたいのでしょうが(^^;

 母ガメッツをモフデレラの呼びかけでプリキュアが助けたことでモフデレラは家族と和解、さらに王子の前で魔法が解けてしまうが王子はモフデレラの容姿など気にしない、と展開していくのも、脚本家や監督が明確な意識の下で現代的なハッピーエンドを築き上げたというより、本作の「これまで」から思えば原典をひねくれた解釈で見てあえて違う話に持っていったのではないかと見えるのが悲しいところ。

 度々『こち亀』で「シンデレラは美人だから王子と結ばれた」「シンデレラの働きを見てそれでも結婚を考えたなら本当の愛」と主張しているページを上げる人をtwitterなどで見るのですが、まさにその解釈の下に作り上げたんじゃないだろうか、今回。

 普段から多分統一したテーマとか考えず適当なこと並べている印象の作品ですが、テーマを持ち込んでもそれを大事に扱わないので、一見いいことを言ってても毎度「え? 今回ってそういう話なの?」という感想しか浮かんできません(^^;

 おまけに今回のエピソードで新アイテム登場というのがさらなる謎で、今回のエピソードにはこれまで用意されていたノルマが達成されたという部分もなく、話にラブーやデウスマストといった悪意の関与も存在しない(と感じられる)内容で、ここまでカタルシスのない箱ものアイテムの登場があっただろうか。

 昨年の箱ものアイテム登場(30話)も話の内容はワーストクラスだったのですが、曲がりなりにも強敵出現とそれの撃破というイベントは用意してあっただけに、本作のまったく話の本筋に関わらないアイテム登場には、唖然。