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魔法つかいプリキュア! 第33話感想

魔法つかいプリキュア!』の感想。

 3人+モフルンでおやつ(イチゴメロンパン)を食べているときにふよふよ漂う精霊を追いかけるモフルンは、物陰から見ていた謎の人物に捕まり、その男を捕まえてボコボコにするみらいとはーちゃん。

 魔法界ですら珍しい扱いのモフルンをこっちの世界で見たら、ドン引きして逃げるかゴキブリみたく潰すか捕まえて調べるかのどれかだと思うのですが、そんなのおかまいなしに全力で男を叩きのめすみらいとはーちゃんが超怖い。

 あまりに過激なみらいとはーちゃんの行動ですが、仮に「魔法を使っているところをナシマホウ界の人に見られたら杖を没収される」設定が生きているのであれば、この行動は口封じに殺ろうとしたと見るのが一番筋が通るのですけど、いいのかそれで。

 そもそもふよふよ漂う精霊ズ(性格悪そう)を考えなしに追いかけるモフルンと、それをきちんと管理できてないこととで、完全にみらいたちに責があるため、まったく同情の余地がないのですが。

 捕まえた男はリコの父で考古学者のリアンであり、朝日奈家にご挨拶に。

 家族で分けるようにと研究の中で拾った鉱石の原石を持ち出すリアン。

 朝日奈母だけは大喜びでしたが、リコの反応も考えると魔法界でさえ常識的な贈り物とは言い難いシロモノらしく、これまでのダメな大人とはダメの次元が違うぞ!

 校長先生と水晶玉で話すリアン。校長先生から指示を受けてナシマホウ界で調査を行っていると説明され、レインボーキャリッジの魔法陣などを調査するリアンだが、仕事で来ただけという話で顔を曇らせるリコ。

 同時にリアンにはプリキュアのことも知られていると判明し、校長曰く自分が話してしまったとのことですが、むしろ隠しておいてどうするつもりだったのか校長先生。

 リアンは魔法界の人間だから杖を没収されることもないし、知られようがそうでなかろうがプリキュアに変身できることは変わりないし、隠す意味が特に見えないのですが。

 娘がプリキュアだと知るとそれを研究材料にしようとするようなとんでもなくマッドな人なのかと言うと、冒頭でモフルンを調べて以降は全然そんな素振りがありませんし。

 みらいも含めて調査に当たるリアンだが、走り去ってしまうリコ。リコを探しにみらいが向かう間、リアンは公園で自転車の練習をする親子を眺めつつ朝日奈父と対話。

 「リコには長い間、親らしいことは何もしてあげられなかったんです。今日も、つい仕事の話ばかりしちゃって、あの子は私をどう思っているのやら……」

 「そんなの、好きに決まってるよ!」

  一方みらいとリコの方で、春休みの終わりに帰って来た時に父から「子供を思わない親はいない」と言われたと話し始めるみらい。

 ええ~~~~…………

 朝日奈父(とリコが回想する朝日奈母)、言葉だけ綺麗なことを言って並べていますが、これまで彼らが大人や親としての責任をもってみらいたちのために行動したシーンと呼べるものは一つもなく、実態は彼女たちの奔放に任せっきりで何もせず放置していたようにしか見えないために、全く共感できません(^^;

 はーちゃんの方も、私は自分を育ててくれたリコたちのことを知っているから、リコだって親の想いは理解しているはずだ、と補強しようとしていますが、肝心の回想で使われるのが自分を責め続けるはーちゃんを何もフォローせず泣き疲れて眠るまで放置したシーンなので、説得力は超マイナスです。

 まあ、「親」のみらいはこれまでの話を見るに過去の記憶を都合よく捏造する癖の持ち主なので、子であるはーちゃんに伝播している、というのは妙に説得力ありますが。

 また、スープを与えて髭を作るのはみらいたちがはーちゃんを育てたシーンとして扱えるのは確かですが、もう何度目だと言うほど使われている回想で、逆に言うとこれぐらいしか正当に「はーちゃんを育てた」と断言できるシーンがないという(だからはーちゃんを布団で休ませるシーンの意図は捏造しないといけないのですが)。

 そんな中で自転車の子供が転んでも笑顔で立ち上がり、再挑戦する姿を見るリアン。

 「子供ってのは、親が思っているほど子供じゃないですよ。みらいも、リコちゃんと友達になってからたくましくなった気がします。それに、ことはちゃんが来て笑顔も増えました。色々な人と出会って、色々な経験をして、成長していくんですね。そんな子供を見て、自分もしっかりしないとなーって、親も子供に成長させてもらってるんですよね」

 ええ~~~~~~~~~~………………

 朝日奈父のセリフは素直に受け止めればいいことを言っているのですが……えー、なんでしょう、今までの出会いと経験からみらいの何が変わったというのか。

 朝日奈父の言動だけ考えると「内向的だったみらいは友達と出会うことで変わっていった」ように感じられるのですが、むしろみらいの方が二人を引っ張って話を引っ掻き回していくような人間(褒めてません)なので、そこは最初から動いてないと思います(^^;

 正直、第1話からみらいが変化したものって「魔法が使えるようになった」「プリキュアになれるようになった」という外面的変化以外は「悲しい別れはしたくないから邪魔者は追い返すことに決めた」という、ポジティブと言い難い変化だけでして。

 また、本作において「出会い」「経験」がどういう位置づけなのかというと、ずっと書き続けていますが、みらいはそれを求めて積極的に動く描写がほとんどない(明確なのは第1話で落ちてきたリコを探しに向かったぐらい)ばかりか、「魔法が私に出会いをくれた」と神や運命から与えてもらったことだけを肯定するように描いています。

 この前提の上で「色々な人と出会って、色々な経験をして、成長していく」なんて朝日奈父の言葉は、神がそういうチャンスをくれなきゃ人間は成長できないんだよって言っているようなもの。

 そして「子供は親が想うほど子供じゃない」「親も成長していく」とか言う朝日奈父は直後に生後1時間のみらいの写真、1時間半の、2時間の、2時間40分の……と我が子可愛さを通り越して引くレベルで娘の写真を細かく撮影して保存していることを述べ、わずかな隙にたった今言ったことの説得力さえ台無しにしていく体たらく。

 そんなこんなで今度はナシマホウ界の博物館の土偶から復活したムホー使いベニーギョが、ドンヨクバールを召喚して襲い掛かる。ドンヨクバールの攻撃に撃たれたマジカルにさらなる攻撃が走るが、リアンは娘の前に立ちふさがってそれを魔法で受け止めた。

 この展開、リコから見れば「リアンは決して自分を無視しておらず、きちんと娘を想ってくれていた」と誤解が解ける話なのですが、リアンから見たときにどうなのかというと朝日奈父との会話が何も活きていません。

 リアンがここで飛び出すのは父の愛情と見て一向に構わないのですが、「子供を思わない親はいない」が大前提であるなら、別に朝日奈父と会話しなくても飛び出して当たり前のはずであり、話のテンションとしてここが最高潮のはずにもかかわらず、そこに話の半分が何も関与していないということになります。

 無理に組み込もうとすると、これは娘を見たことによるリアンの成長と捉えなければならないのですが、それでは朝日奈父と会わなかったらリアンは娘を助けなかったという話になるのか。

 今回の内容を考えると、話のテーマとして主張したいのは朝日奈父のセリフに集約されているはずなのですが、何故かそれがバトルのテンション最高潮の部分からは逃げていくという、安定の『まほプリ』クオリティ。

 「お父様に、なんてことを……お父様に、謝りなさい!」

 で、そんな父の想いを受け取って強くなるマジカルはドンヨクバールを蹴り飛ばしますが、こういう「想いが力に」は本作のテーマの一つとして設けているのだろうと思いつつも、それが困難を乗り越える力として機能するための裏付けをまるっきり行わないのはガメッツとの決戦の時とまったく変わっていませんし、怒りのマジカルキックは絵としての迫力もなければ効果音も通常キックと何が違うのかというほど軽々しいため、「想いの力」が全然、眼に見える形で説得力を生んでいません。

 ただでさえ説得力ないのに、ハッタリさえ放棄してしまうので、何も面白い部分がないという(^^;

 戦闘後、また仕事のため離れていくと表明するリアン。リンクルストーンの誕生はみらいとリコの二人が引きあったことにより生まれたもので、精霊も二人の想いに関係しているのかもしれないと言い残す。

 シリアスに見せかけてますが、結局は「お前たちは運命に選ばれたのだ」と言っているだけに過ぎないのですが、それ。

 去っていくリアンとそれを眺めるリコを見て、月の精霊が「ムーンストーン、ミトメール」とつぶやき、魔法陣に新しく変化が。

 前回に引き続き、精霊の表情もセリフも少なすぎるため、どんな変化を理由として何故動いたのか、なぜムーンストーンなのか、とにかく視聴者が理解できる余地が一個もないので達成感に結びつかないという問題が継続。

 ……頼むからどれか一つでも、自分たちで用意した要素には真剣に向き合ってくれないかと叫びたいのですが(^^;

 次回、恋愛お悩み相談室。