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鉄血のオルフェンズ 29話感想

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の感想。

 ジュリエッタと三日月による獲物の取り合いは、イオクの介入(実践経験が少ないためかまるで攻撃が当たらないという、いかにも名前と血筋だけで幹部級に収まったダメな人の描き方)により三日月の勝利に。

 まあ最初からそういう想定で作られたキャラにしても、結局夜明けの地平線団と団長は特に面白くならず(^^;

 この戦いにより安全な航路確保が成ったことで、鉄華団にはクリュセ最大規模になるハーフメタル採掘の管理運営を預けられ、テイワズ内部にも鉄華団を快く思わない動きが出始めて、一見順調な鉄華団も前途多難だということを引き続き強調。

 その後、ハッシュは三日月に対し、モビルスーツパイロットにしてもらえるようオルガに頼んでもらえないかと直談判。

 「なんで?」

 「モビルスーツの操縦に関しちゃ、三日月さんが一番でしょ。だから……」

 「そうじゃなくて、乗ってどうすんの?」

 「三日月さんより強くなります」

 「ふーん……わかった、オルガに言っとく」

 この辺、三日月がさらに意地悪く「強くなってどうすんの?」とか聞いてこないのは、良かったのか悪かったのか(笑)

 ハッシュの目的とそのためにたどろうとする過程を整頓すると

 自分が第二のビルスまたはそれを超える存在になる→三日月はビルス以上の存在である→三日月より強くなれば自分はビルスより強くなれる→モビルスーツパイロットとして三日月を越えよう

 という、本人の中では筋が通っているのだろうけど、色々とネジくれた理屈(^^;

 ハッシュの中で「自分が第二のビルスになる」または「ビルスを超える」ということが何を意味しているのか、実はうまくまとまっていないのだろうということがわかるのですが、現状のハッシュは「ビルスは運命に見放され、三日月は運命に選ばれた」と認識している可能性が高いので、「三日月を超える=運命の打破」と考えている可能性も無きにしも非ず。

 当の三日月は、最初から自分が運命でどうとかなっていると思ってないのでしょうけど(笑)

 何より三日月からして見れば、彼は戦いで勝利すること自体は全く人生の目標としておらず、あくまで目標は別にあって、その実現の過程として戦いの道を進むしかないと思っているだけなので、戦い以外の道を見出せない運命に縛られているような扱いをされたらすごく嫌がりそうな気がするのですが。

 かといって、「乗ってどうするのか」の答えが「戦って強くなりたいだけでその先は知らない」だとしても、選ぶのはハッシュであって三日月ではないから「ふーん」と無関心気味な反応をするのは、凄く三日月らしいところでもあります。

 で、この一連の会話で三日月には直属の部下がいないことが判明し、そりゃこの男は人にものを教えるのがヘタクソだろうなというのは凄く納得できるのですが、同時に浮き彫りになるのが、三日月があまりにオンリーワンすぎて、彼が死んだらその意志を継ぐ者はいないという事実。

 1期から本作の裏にあるテーマは「人から全てを奪ったときに何が残るのか」だと思っているのですが、ハッシュや宇宙海賊などの態度、この後のアリウムのセリフなどからすると三日月の名前と容姿の情報そのものは鉄華団の外に広まっている様子がないし、三日月と並んで戦っているパイロットはいても三日月そのものに代わる人はいないし(バルバトスの阿頼耶識は3本接続なので、事実上は完全に三日月専用)、言うまでもなく三日月の目標の一つ「農園を作る」はまだ始まったばかりだし、今ここで三日月が死んだらそのまま何も残らないのではないか。

 三日月自身はガエリオに対して「どうせすぐ消える名だ」と言いだしたり、バルバトスに新しい名前を付けられても「バルバトスはバルバトスだ」とドライに切り捨てたりするので、名前を残すことにはまったくこだわりがない感じ(唯一ビスケットの名前が刻まれた碑ぐらいは意識してそう)ですが、どう着地していくのか気になるところ。

 三日月とオルガは鉄華団を引き連れ、アリウムに落とし前をつけさせるためカチコミ。

 どう見てもヤクザ映画の絵面(笑)

 ギャラルホルンと結託して退路を絶った上で、被害額の倍プッシュで賠償金を要求し、容赦なく三日月が射殺。

 1期の三日月はクランクに3発撃ちこんだ以外は2発で確実に仕留めているのですが(予備の玉を持たないので2発で仕留めるFBI式、というのを漫画『パイナップルARMY』で見たことあるけど、それなのだろうか)、今回は4発。

 単純に三日月が片腕になってしまっているので、銃の腕も落ちてしまった可能性はありますが、クーデリアと死んだ仲間に対する侮辱への怒りというニュアンスもこもっている感じがして、相変わらず底が知れない三日月。

 こちらしか使えないとは言え、本作において「家族」「絆」の示している左手で拳銃を扱っているということもまた、象徴的。三日月の左側は悪魔に持っていかれなかった半身=残された人間性の象徴でもあるので、こちらで武器を扱うのは段々と踏み込んでいく雰囲気を予感させていて、今後の展開に不穏な空気を漂わせていきます。

 ……まあ、本作の場合露骨なフラグも平気で吹き飛ばす可能性は十分あるので、どう転がるかわかりませんが。

 その夜、農園に泊まったクーデリアとアトラの会話。

 「三日月もね、この1年で農場のことたくさん勉強したんですよ。色々調べて新しい栽培方法を試してみたり、新しい種を蒔いてみたり」

 「聞きました、すぐ枯らしてしまうって。読み書きの方はどうです?」

 「んー、どうだろ。興味のあることはちゃんとするんだけど、それ以外はいいってサボるから

 ……なんだか、すごくどこぞの伝説の魔法つかいを思い出してしまうのですが(^^;

 「三日月らしいですね」

 「いっつもきっぱりし過ぎててね。そこが三日月のいいとこなんだけど」

 そうやっていい方向に解釈してしまうアトラは、まあ今までの純粋すぎる善良さ&三日月への信頼から言えば納得できる言動なのですが、良くはないと思います(笑)

 「みんなクーデリアさんに感謝してるんだよ。最初に文字を教えてくれて。文字が読めればできる仕事も増えるから」

 「そういう努力が、もっと実を結ぶ世の中にしないといけませんね。そして、私自身も、もっと学ばなければいけません。アリウムと良好な関係を築いていれば、今回のような事態にもならなかったはずなのです」

 「クーデリアさんは何も悪くないよ! 海賊をけしかけてくる方が絶対に悪い!」

 イ ノ セ ン ト

 どこまでも純粋すぎる善良な意思の表れなのでしょうが、個人的に某ハピネスチャージでイノセントな作品でこういう「○○は悪くない、悪いのは××」という言動はすごくトラウマになっているため、アトラの言動が超怖い。

 「でもそうさせたのは、やはり私自身なのだと思います。きっと、もっと上手に解決する方法があったはずなのに……何かある度に争い事になる。それでは鉄華団の皆さんや、三日月のような人が生まれ続けてしまう。その連鎖を私はなくしたい」

 さすがに、クーデリアが自力で戻ってくれて安堵しました(笑)

 「じゃあそういう日が来たら、クーデリアさんもここで一緒に、三日月と農場をやりましょう。だって、そうなったら、クーデリアさんのお仕事も終わってますよね?」

 誰か止めて?! この子の善意、ほっとくと人が死ぬよ?!(^^;

 力を求めずただ目の前の小さな幸福を積み重ねて広めていくアトラと、大きな幸福のために力を求めようとするクーデリアの対比がされているのですが、製作側がアトラの思想を本作世界の「善」「正義」にすることに疑問があるのかないのか、よくわからないまま「アトラの思想と善意には作中視点から批判されない」が貫かれているため、正直、(視聴者視点的に)アトラが本格的に鬱陶しくなり始めた気配が漂いだしたのですが、金元寿子だから仕方がない!

 ……いや本当に、スタッフはアトラのこと、わざと視聴者が不快感を抱くキャラにしようとしてませんか?!

 まあなんというか、ヤクザ映画に一人だけ放り込まれたプリキュア(変身能力なし)みたいな安心感と場違い感と危険な匂いを漂わせまくっていて、どう転んでも面白いキャラではあります(笑)

 翌日、ハーフメタル採掘場からガンダムフレームとモビルスーツにしては巨大な何かが発掘され、オルガたちはマクギリスと対面。マクギリスも現在の状況で相当疲弊している様子を三日月に読み取られるが、はぐらかされる。そしてマクギリスはギャラルホルン変革を目指すため、ラスタルを抑えて実権を握ることを明かし、その協力者として鉄華団と結託する。

 マクギリス、1期にて断片的に示された過去の設定がどれだけ拾われてくるのか、最終的にギャラルホルンを掌握・変革することで何を目指すのか、今のところははっきりしませんが妙にトゲの落ちた感じになっていて、正直不安(^^; 1期の終盤であれだけ盛り上げたのだから、無難なところに収まってほしくないなあ。