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ぼんやりと特撮・アニメなど

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魔法つかいプリキュア! 第40話感想

アニメ感想 魔法つかいプリキュア

魔法つかいプリキュア!』の感想。

 テレビで有名な料理研究家のリリアの正体はリコの母であり、なんとそのリリアがリコの誕生日パーティを開くために朝日奈家を訪れる。そこにリアンとリズも現れ一家総出に。

 リコの名前の綴りが「Liko」だと判明するのですが、家族の名前で父リアン(LienまたはLiane?)、姉リズ(Liz)はまだしも母リリア(Lilia)まで来ると、そこまで統一せんでも、というか姻族まで同じ音から始まるのがかえって不自然に見えてしまうのですが。

 本来なら問題にするべきところでないのでしょうが、ここまでの本作の安直なネーミングセンスやプリキュアの名前そのものの不統一具合とか考えると、またいい加減な命名してるなとマイナス方向に考えてしまいます。

 というか「Liko」って綴りが何を意味するのか全く不明(一応「みらい」「ことは」がきちんと単語の意味を持った名前であるからなおさら)で、単に「リコ」って日本語の名前を家族で統一するためにLに変えただけ、と見えるのですが。

 名前というのは、子供が親から受ける最初の愛情なんですよ?!

 それともアレか、「Li(リ)」が苗字で本当の名前は「Ko(コ)」なのか?!

 名前関連で言うと、リコは一応ナシマホウ界では「十六夜」って苗字を名乗っているのですが、その辺一切触れる気配なしで、妙に格好つけた演出で選んだ名前なのに、何のための設定なのか。

 リリアが豪華な料理を振る舞い、大げさに飾り付け、近所の人たちも呼ばれてにぎやかになるのを、みらいが「初めて」というのに対してリコは

 「え?! こっちでは違うの?!」

 え? 向こうではみんなそうなの?

 「向こうではこれが平常」なんて前提がないし、むしろリコは名家のお嬢さんのはずなので「リコの家だけがこういうノリ」が正しいのではなかろうか。

 細かいようですが、ここで「みらいの家は違うの?」と言うのと「こっちでは違うの?」と言うのとでは意味する内容が全然違うのですけど、作ってる側は朝日奈家がナシマホウ界のスタンダードで、リ家(仮)が魔法界のスタンダードのつもりなのでしょうか。

 まあリコは向こうに友達がいないので、誰かの誕生日パーティに呼ばれたことがない=これが平常だと思っている、という可能性も考えられますが、別にその意識が変わるわけでもなく、だからどうしたって感じでそこから話を膨らませるつもりがないのが『まほプリ』クオリティです。

 リアンはリアンで、改めて魔法陣関係の状況なども調べに来るが、リリアとリズにはプリキュアであることを隠すつもり(理由は不明)で、モフルンたちを隠す。

 そこでリンクルストーンを発見したリリア、ケーキの飾りつけとして地べたに転んでいたリンクルストーンを使うという暴挙に出る。

 おい、料理研究家、おい。

 「で、伝説のリンクルストーンが……」

 見える、見えるぞ……

 「ほーらとっておきのギャグだぞ面白いだろ(笑)」って感じで作り手だけが悦に入っている光景が……!

 こんなしょうもない一発ギャグのために「リリアは著名な料理研究家」という外してはならんネジを平気で落っことす神経は、いったいどうなっているんだろうか(^^;

 あのですね、以前にも何度か書いてるのですが、ギャグって客観的にはバカで幼稚なことであっても、やっている本人の中ではその言動に筋が通っているものでなければ、ちっとも笑いにならないのです。

 その点で本作を見ると、例えば「魔法は見られなければ使ってもいい」は基本的な前提として存在しているから仕方ないと見ても、その上でその前提を理解している設定のキャラが「公然とナシマホウ界の原理ではあり得ない現象を引き起こす」「魔法界の存在を話しかけてリコたちに止められる」という筋が通らない言動を持ち出してギャグにしようとしていて、全く不条理ギャグとして成り立っていないのです。

 「本人の脳内で筋が通らない言動」を平然と繰り出す人っていうのは、故意でなければ狂人だし、故意でやってるなら人を困らせて愉しむ天邪鬼ということになるわけで、どこを好意的に見ろというのか。

 もちろん、作品世界ごとに異なる倫理というのはあるわけで、だから「見られなければいい」もその前提の上できちんと筋が通る話の展開を作れば問題はないのですが、基本的に本作は「この人物にはこういう設定があるからこういう感情を持ち、こういう場面ではこういう動きをする」ということを全然考えようとしません。

 だから何も動かないし、作り手の不誠実さばかりが強く見えてくるわけでして、あー、イライラする……。

 その後、プレゼントを渡す段階になって、リズからは万年筆(ネーミングセンスはともかく、リコの座学得意な設定に則っての贈り物で、今回唯一筋が通る内容をやってくれた気がする)、リアンからは石(リズに安堵してたら見事台無し(^^;)、リリアからは幼少期から本の読み聞かせ。

 絵本(一応タイトル解読したら「双子星」の模様)の内容は、引き裂かれた二つの星の間の暗雲を、いつのまにか星の上に住む二人の少女が払いのけて再び引き合わせたというもの。

 普通ならこの話になぞらえた展開が出てくるのかなと思うところなのに、どーせ投げ捨てるんだろっていう負の信頼が強すぎて何もワクワクしないのが本作、凄い(笑)

 朝日奈母はリリアに対して、料理がおいしくなるコツを聞くが、リリアの答えは「食べてくれる人のことを思って作ること」という、果てしなく安直でダメな回答例(^^;

 「人を思って作れば美味しくなる」って、そういう「思いの力」「愛」「勇気」っていうのは聞いた感じが心地いいから安直に使いたくなるのでしょうけど、裏付けがないとただの危険なマジックワードでしかないのですけど。

 本作なりの裏付けを考えると、これまでの本作のプリキュア達のヒーローとしての主張って「伝説とかどうでもいいからはーちゃんを返せ」とか「あんたたちの目的なんて知らんけど自分たちの今やってることの邪魔だから帰れ」とか、そういう排他的な話ばかりな上、今回リコが認識しているリリアの愛情って「私の好きなものばかり作ってくれた」「大好きな本を何度も読んでくれた」という妙に閉ざされた内容で、総合すると今回の「人を思う」って

 「その人の好きなことしか与えず、他には見向きもさせない」

 にしか、見えんのですが(^^;

 で、仮に自分の意志で他のことに興味を持ち、そっちに歩き出したら、当人の知識とか能力とか危険性とか考えず放置して自己責任で処理させるわけですね。

 ずーっと歪だと思っているのですが、最終クールにして本作の育児観の暗黒面が大噴出するという、恐怖の展開。

 そして、料理研究家としては「嫌いなものでも克服できる料理」を考えた方がいいように思うのですが、設定に描写が追い付かないのももう仕方がない。

 なお個人的に、プリキュアでの「思いを込めれば美味しくなる」話でまず思い浮かぶのが『スマイルプリキュア!』なのですが、私個人としてはお好み焼きのあの内容はどうかと思っている側(^^; 他のところだと『5年3組魔法組』の12話が、そのエピソード単品で綺麗にまとめていたのが印象に残ってます(→感想記事)。

 シリーズ構成とか存在しない、伏線や話の連続性が希薄な40年前の特撮作品の1エピソードの説得力に完全に敗北している40話分の積み重ねと考えると、さらに頭が痛くなるのですが。……そういえば『魔法組』は全41話なので、次回で並んでしまうのか……。

 「いい? 魔法や勉強も大事だけどね、私はリコが笑顔ならそれでいいの。私の願いはただそれだけだから、ね?」

 一見「私は娘の幸せを考えている」とアピールするのですが、リコとは互いにナシマホウ界にいたことを全然知らないほどの音信不通っぷり(というか下手すると魔法界にとどまっていてもずっと連絡無かったのではないか)だし、上の通りの「娘の幸せ」に対する物の考え方の歪さ、そして言動からして娘二人を放置している自分はとても問題のある親であることに自覚がないという有様で、何も心に響いてきません。

 まあなんだかんだで、リ家は全員ロクデナシというところに落ち着いてしまいました(^^;

 そんな中で、魔法界とナシマホウ界の行き来の時間が短くなっていることを知ったみらいたちは、リコに放課後魔法学校に通うことを提案する。

 一応、魔法界が秘密の存在であるからには、異世界の間の距離が近づいているのって、そんないいことばかりではないのですが、不都合は見ないふり見ないふりー。

 魔法界による侵略完了の時は近い――!

 はしゃぐ一同に、シャーキンスが登場して謎の異空間を展開。

 ムホー空間では、ドンヨクバールの戦闘力が3倍に上昇するのだ!

 戦闘の中でシャーキンスは、今まで必死で仕事してきたのに全然話を聞いてくれないプリキュア達へのいら立ちがいい加減募ってきたのか、親切にもデウスマストの目的は世界の全てを叩き潰して混沌の世界に変えることだと懇切丁寧な説明をしてくれたが、当然プリキュア達にそんな都合を聞いてくれるだけの意識と知能が備わっているはずもなかった!

 いつも話が平行線で噛み合わないため、「皆に礼を言いたいからここで負けられない」というミクロな問題で立ち上がるプリキュアが世界の破壊というマクロな問題を打ち崩す、という構図に一切の盛り上がりが生まれず、噛み合わないせいで何でもいいので怒れば強くなるから勝てるという話になってしまい、何がどうして精霊が「ミトメール」になるのかやっぱりさっぱり意味不明と、本作のバトルの茶番っぷりは相変わらず尋常じゃありません。

 そしてミラクル、「デウスマスト……?」って今初めて聞きましたみたいな反応。

 プリキュア達に名前が伝わってなかったっけと思いながら27話(ラブーが初めてプリキュア達の前に姿を現す回)を確認したらきっちりと「デウスマスト」という名前を何度も持ち出して三人の前で説明していたのですけど、うんそうだね、いきなり言われてもよくわからないよね……。

 いつも通り撃退したのち、帰っていくリ家を見送ってから、プレゼントとして空に大きく星の絵を描くみらいとはーちゃんで、誕生日は楽しく終わりました、めでたしめでたし、あっはっは……。

 いやー、仮にも本作後半の敵の設定の根幹が示されたりして、重要なエピソードだったはずなのに、何がやりたかったのだろう本当に(^^;

 次回、本当に放課後留学。