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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

美少女戦士セーラームーンcrystal 38話(第3期最終回)感想&総括

アニメ感想 セーラームーン 金元寿子

美少女戦士セーラームーンcrystal』の感想。

38話

 ついにサイレンスグレイブが振り下ろされようとしたその時、師ファラオ90の体内から光が走り、スーパーセーラームーンが浮かび上がってきた!

 基本的にしっとりした曲調のOPですが、イントロ部分は盛り上がるように作られており、映像と展開に合わせた2番の歌詞、と必要な場面できちんと流れたといった感じで盛り上げてきました。

 スーパーセーラームーン登場で鎌を止めるサターンは、いかにも待っていたといった感じの笑みを目に浮かべていて、前回色々並べてたもののセーラームーン復活まで運命として見えていた上で汚れ役を担った、という印象に。

 セーラームーンはすっかり岩場と化したビル街の高台に降り立ち、セーラー戦士のコスチュームにも変化が。一方ファラオ90はサターンの攻撃とセーラームーン復活で受けたダメージに苦しみ、故郷のタウ星系に手を伸ばす。

 「美しいわ……滅びる刹那のその悶え……」

 そうつぶやいたサターンは、ファラオ90の内部に飛び込んで高く飛び上がる。

 「さあ、もうすぐよ! 死への案内人、このセーラーサターンが導く、静寂と、無の世界へ!」

 このままではファラオ90とサターンもろとも、異空間に飲み込まれるとプルート。

 「絶望を感じることはありません。いつでも終焉と共に、希望と再生が始まるのです。それをもたらすのは、あなたです。スーパーセーラームーン……」

 「破壊の後に創造が来る」「破滅と誕生は表裏一体」というのは定番のパターンですが、創造の力(銀水晶とムーンカリス)を用いるセーラームーンに対する信頼から破壊の力をつかさどっている、と話を転がすことでセーラームーンのヒーローとしての立場と使命を強化。

 で、問題となるのは、本作世界において「破壊」「死」は絶対の悪という扱いをされていることで、そこにジレンマを抱えているサターンは、己の力をどう向けるのか?

 答えは「死」そのものを殺してしまうこと。

 「セーラープルート! この異界へのあり得ぬ通路を、永遠に閉じて!」

 それは死をもたらす存在であるファラオ90や、ファラオ90が「墓場」と称する世界だけでなく、死を司る自分まで消し去ってしまう、というもの。

 永遠の命(これの是非を議論したら話が進まないので、もう置いておきます(^^;)が成り立つ世界=創造だけで死が存在しない世界を実現させるなら、その時サターンの使う力は本当に不要となるわけで、そうなれば今回に限らず永遠に復活を願われなくなり、それを理解しているからサターンは自ら命を投げ捨てに行く。

 ……そうなると、明らかに悪であるはずのサターンの意味って、悪(死)をセーラームーンが完全に乗り越えられるほど強くなるその時が来るまで、破壊→誕生を繰り返し、何度かの転生の末にそれが実現したら最終的にこうやって「死」もろとも永遠に消えていくことまで計算づくで用意された存在だったってことになるのですが。

 つまり最初から「セーラーサターン」は完全に人柱であって、これを受容していた歴代シルバーミレニアムの女王(セレニティ)って相当にエグいのではないだろうか(^^;

 「誰からも自分として生きることを願われていなかったのに、何故生きなくてはならないのか」で悩み続けたサターンの素体であるほたるですが、彼女にとりついていたサターンは「死ぬために生きていた」なのは、どこまで意図してるのか不明ですが非常に悪辣。

 その「死ぬために生きてきた」サターンを踏まえると、前回の「いくつもの偶然が重なって生きるはずのない運命なのに生きてきた」って話は、サターンに自らの死を意識させたという話になるわけで、すごくねじれた構図。

 いつの時代でも邪魔者扱いということについての諦観が混じっているような言動も考えると、サターン自身が本音から自らの死を願い望んでいるわけではないと思われるものの、それでも与えられた使命であると同時に人が生きる未来のために死にに行くわけで、本作のヒーロー観――人から与えられた希望と願いを背負っていく、に合致する自己犠牲。

 サターンの叫びを受けてプルートはファラオ90とサターンを異界に封じ込め、セーラームーンはネオクイーンセレニティの姿となるとデス・バスターズに破壊された街並みを再生。タキシード仮面が夢に見たのは、その時のセーラームーンの姿だったのだ。

 街に平和が戻ったところで、空から一筋の光。その先には、セーラーサターンの紋章を額に輝かせた赤ん坊がいた。土萠ほたるは、ネオクイーンセレニティの力で赤ん坊となって再びこの世に生を受けたのだ!

 ううん、まさかここまで完璧な「ヒーローの力」の使い方を見るとは思いませんでした。

 ほたるがずっと抱え続けてきた「誰も自分が生きることを願ってくれないのか」について、セーラームーンが最後に「ほたる」を生き返らせ、その生を祝福するという形で救済。

 ちびうさからの願いを受けて、自らの意思で人を守ろうと戦った一人の英雄という理由もあるのでしょうが、生きることへの願いと葛藤を抱え続けたほたるを救い出すということで、本作における「正義」が何かを改めて確認。

 さらに、このことによりサターンにかかっていた呪い染みた使命――「死ぬための生存」まで塗り替えてしまう。

 復活したほたるには紋章からしてサターンの力と魂がありそうですが、これからのサターンは用が済んだら世界から消えてもらわなければならない存在となるのではなく、未来を築き上げたセーラームーンたちから純粋に生存を望まれることとなるわけで、それもまたサターンが抱えていた問題からの救済となるわけです。

 そして、それを救済できる人間はとなると、そもそもその呪いを与えたのがシルバーミレニアムの女王であることを思えば、未来の女王であるセーラームーン=ネオクイーンセレニティの他にいません。

 セーラームーンの行いは単なる施しではなく、過去の王が犯した過ちの清算・贖罪でもあり、故にほたるとサターンを救わなければならない。

 単に「力を与えられているから」「使命があるから」ではなくて、ヒーローとして、使命を与えられた人間として、何故その人間を救わなければならないのか? にきちんと理由が用意されるとは、第3期開始時点では思いもしませんでした。

 正直、1期と2期に失望していたので舐めてかかってました。反省。

 そしてその転生ほたるは、ウラヌスたちが連れていって育てることに。これもまた、仕える女王の生み出した命を祝福する使命を帯びると同時に、サターンとほたるの生存を否定しようとした罪に対する罰を兼ねていると、綺麗に纏まりました。

 ネプチューンは自らのタリスマンである鏡をちびムーンに渡し、再会を約束しながら外部惑星戦士は去っていく。

 それから月日は流れ、進学したセーラー戦士たちは皆既日食の日に新たな異変の影を感じ取る……と第4期への引きを臭わせる形で幕。

総括

 正直言って、序盤時点で2期以前と比べて作画・シナリオともにかなり出来が良くなったなあと感じていましたが、様々な設定が交錯した結果として、本作全体が

 「人の希望を受けて導き手になろうとする未来の王が、世界を救う一方で人から生きることを願われない一人の少女を救済し、未来に連れていく」

 というすごく王道なヒーロー番組の構図になってしまうというのは、全然予測できませんでした(笑)

 この点については、2期以前と違ってセーラームーンが「使命」「運命」に向き合う姿が押し出されるようになったという基本部分の変化もあるのですが、「悪である破滅の力を司る」という設定を持つセーラーサターンの設定と、「誰からも生きることを願われないのに、何故傷ついてまで生きなければならないのか」という葛藤を抱える土萠ほたるのキャラ造形とが秀逸に纏まっていたのが良かったと思います。

 特にほたるについては、もしかしたら本作で一番ヒロイン力のあるヒロインかもしれない(笑) ちなみに、二番目はタキシード仮面(待て)

 サターンの他には、セーラームーンが抱えている使命の意義の補強や、作中世界における「正しさ」へのアンチテーゼをいくつも盛り込んでくるセーラーウラヌス/天王はるかの描写も面白かったです。

 

 そんなわけで全体の構造とキャラ描写には結構楽しめているのですが、大きな不満点を上げると悪役であるデス・バスターズの詰め不足。

 「今までの悪役と違い破滅は直接の目的ではなく、生存戦略のため侵略」「リーダーである師ファラオ90に近づこうとする幹部にはレベルの設定がある」「銀水晶に近い力を持つタイオロンクリスタル」など、今までの悪役と比べても一線を画す設定が複数盛り込まれており、その中でカオリナイトやミストレス9などの描写も面白かったのですが、こういう設定のほとんどがセーラームーンたちと深く関わりませんでした。

 何分、セーラームーンから見れば「人類の未来と生存を脅かすものは悪だし排除してOK」なので、デス・バスターズが生存戦略で動こうと対話不可能で戦っているのに変わりはないし、何故タウ星系は滅んだのか、どうしてタイオロンクリスタルは銀水晶類似のパワーを持つのか、そういった謎が全く解明されず話にも影響しないまま闇に葬られてしまいました(^^;

 正直言って、デス・バスターズの存在そのものはここまで細かい設定が無くても、話の肝が「侵略者との闘いと並行して、サターン復活による滅亡を阻止するべく動くセーラー戦士」であるため、あんまり影響はしない構造だったのは難点。

 また異星人であるデス・バスターズが純粋に生存のための戦いである一方、そのデス・バスターズを招き入れた土萠教授は地球人の身でありながら己の欲望のために娘を含む命を弄んだド外道で、その部分だけでもテーマとして詰められる余地があるのですが、そういう要素も特に組まれないまま「もう人外だから抹殺OK」で吹き飛ばされてしまい、これも残念。

 設定は面白いのに、それが話の中に入りこんでいける余地が無かったという点で、悪役としてのデス・バスターズは非常に残念な印象となってしまいました。

 

 で、大筋自体は好きな今期ですが、これがもう一つ困ったのが1期と2期で設定された世界観の上で成立している物語である(そして面白い要素はだいたいその上に成り立っている)ため、今期だけ見て楽しめます、という作品ではないというところ。

 正直、本作の面白さを伝えるのに2期以前の視聴をお勧めしなければならない、となると結構難しいのですが(^^; 一番は原作読むことかもしれませんけど。

 

 そんなわけで、細かい不満はあるものの、全体としてはここまでやってくれたなら万足の行く内容かな、というところ。

 まあなんだかんだで、視聴終了後原作の完全版を全部購入してしまったので、はまってしまったのは間違いなく、その時点でもう何を言おうと本作には勝てません(笑)

 なお、視聴終了からかなり間を置いて感想を執筆したものの、基本的に第3期の感想は4期以降の展開を踏まえない内容で書いています(ほたるにサターンの力が宿っているかどうかとか)。

 第4期がもし始まるなら、原作で予習済みということになるので、今と違う形の感想になるかも。とりあえず第4期はセーラー戦士個別のエピソードが展開されるはずなので、マーキュリーに期待したい。