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魔法つかいプリキュア! 第44話感想

魔法つかいプリキュア!』の感想。

 個人的に『スマイルプリキュア!』は好きな作品(名作、というのとは違うと思う)ではありますが、4年も経つと視聴者も入れ替わっているだろうし、単発エピソードのアイディアが重なるとしても、いちいち目くじら立てるほどのことではないと思います。

 ……別に今回、特別面白くはなかったのですが(^^;

 はーちゃんの謎と過去を探るため、オルーバが闇魔法を試しに使ったところ、何故か子供に変化してしまうみらいたち。校長先生に相談するも、子供になった自分たちのことで夢中になるみらいたちはアドバイスを聞く気配なし。

 ……これ「子供になったからそうなった」のではなくて「普段から幼すぎる精神に肉体が相応の年齢になっただけ」に見えるのですが(^^;

 むしろこういう描き方をすることで、本筋のみらいたちが10代半ばの人間としては如何にイカレているかが浮き彫りになった感じさえあります。

 巨大パンケーキを生み出して潰されそうになるなど、ひとしきり遊んだ後眠ってしまうプリキュア。その一方、スパルダの提案で闇魔法使いは復活させられることに。

 なお巨大パンケーキは校長のところにワープさせられ、珍しく子供たちのために動こうとする校長は妨げられることに。今回ラストでは小さくなったパンケーキとともにカタツムリニアに乗っているのですが、全部食ったのか?!

 どんどん大きくなるってセリフがあるので、ほっとくとバイバインくり饅頭とかどらや菌みたいに膨れ上がって世界をつぶすのかもしれませんけど、そういう話ならもっとわかりやすく描いてほしかったのですが。

 対処法が「どっか行って」で視界に入れなくしてしまうのはプリキュアたちが子供になっている現在だけならギャグとして流せる範囲ですけど、この子らは普段からこういう人間なので、笑いにくい。

 前回の印象だと「闇魔法使いの意識は魔法の方」に見えたのですが、今回ガメッツは魔法なしでも鮫を撃退できる攻撃性と強さがあるし、バッティも蝙蝠だったころの意識を持っているしで、いったい本作の「命」「心」とかはどこにあるものなのかますます混乱。

 ガメッツはプリキュアとの勝負に満足していたが、エメラルドのプリキュアと聞いて戦意高揚。一方のバッティは、

 「私という存在は、果たす使命とともにあった。それを成し遂げぬまま、仕える主も失った。私はもはや無様に彷徨う亡霊、蘇ったところであるのは虚しさだけ……ただの一匹の蝙蝠として放っておいて欲しかった」

 私、鐘弘さんは本作で「使命や責任への自覚と、それに対する自分の意志や願いの葛藤」というのを通しテーマとして盛り込もうとしていると感じているのですが、まさか復活バッティにそれが持ち込まれるとは思いませんでした(笑)

 本作全般、とにかく「使命や力や存在の意味に向き合わない」のですが、「自分に与えられた使命や役割」を通じて「本当にそれだけしか生き方が無いのか」という方向でアプローチしていた、としていれば飲み込めるのですけど、残念ながら、鐘弘さん以外のスタッフは多分、誰もそういうこと考えてない(^^;

 このバッティのセリフも、杜撰に投げ捨てられる予感しかしません。

 バッティを置いてプリキュア達に挑戦する闇魔法使いだが、子供であるプリキュアを庇って一人奮闘するモフルン。結局プリキュア達はやってくるも、オルーバが張った結界の中で変身すると、あっさり元の姿に戻るという形で投げ捨てられる今エピソードの目玉要素(^^;

 フェリーチェは拘束されてしまうが、ことの発端が自分を狙ったものだと知ると、それにみらいたちやモフルンを巻き込んだことに対する怒りを発揮、それによってピンクトルマリンのミトメールを受けると逆転勝利を収めるのであった。

 オルーバがはーちゃんだけを狙った悪事→それに巻き込まれる形となるみらいたち→それに怒るフェリーチェにピンクトルマリンのミトメール→逆転、と大筋はいかにもヒーロー番組のフォーマットとして問題はなくまとまっているのに、肝心の「子供になる」「幹部復活」ネタがそこに全く絡まないので面白くならないという、困った内容。

 「子供になる」ネタで持ち込んだ要素として「モフルンが昔のみらいを思い出し、それゆえに自分がみらいたちを守ろうとする」「ガメッツが子供とは戦う気にならないと表明する」がありますが、それはクライマックスに別に生きてこないわけで。

 後者については、別に普段のプリキュアも精神面はともかく(特に彼の好きな力比べに直接影響する)肉体面で「大人」かは微妙な位置だし、先の決戦でははーちゃんの想いの力(?)に負けておきながら何言ってるのかって感じですが、このヒトは「武人」ではなく「武人っぽく見せかけたい頭の残念な爬虫類」なので仕方がない。

 フェリーチェに「自分だけ狙えばいい」と言わせるのも、彼女自身が有する力と使命に向き合おうとしている意識の表れと言え、バッティのセリフとつながっているところなのですが、だからそういう要素を鐘弘さん以外の誰も拾わないし描いてこなかったので、劇的に面白くなるレベルまで飛び上がってくれないという。

 まあ本作、先に述べたようなヒーロー番組として通すべき筋が通っていない(=根本的に「壊れている」)話が多すぎるため、むしろそこが通っている時点で「普通に面白くない話」レベルまで持ち直している分、妙な安心感さえ漂っているのですが(笑)

 我ながら(脚本家本人のキャリアもあって)鐘弘さんにはすっごい甘い評価をしている気もしますが、作品自体が根本的に歪んでいるとしか言いようがない要素の塊で、「プリキュアが子供化」「幹部復活、ただし一人だけ離反」「フェリーチェの謎に迫るオルーバ」って監督やシリーズ構成から要請されていると思われる要素が多い上に噛み合わせの難しい内容で、そこにさらに独自性を出そうとしている、とその努力だけは買いたいと思う次第であります。

 なおその点、「モフルンが「みらいは風邪」とごまかすと引き返し、みらいだけおかゆにして他は豪華な料理にする朝日奈母」と「それでモフルンの嘘をみらいたちが叱るのではなく、リコたちがおかずを分けることでハッピーエンドにしてしまう」というシーンは、本作全体がそういう傾向だから煽りを受けたシーンだと思われ、脚本の問題じゃないと思うところ(やたら豪華な夕食の画も、むしろ演出の裁量の方が強いだろうし)。

 多分、残り話数からして鐘弘さんは今回で最後の参加だと思うのですが、自分としては「独自性はあるけど作品自体に最後まで噛み合わなかった」って印象で、なんというか「縁が無かった」「巡り合わせが悪かった」のだろうと言う他ありません。

 今後の精進に、期待しております。

 次回、こたつと蝙蝠。