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仮面ライダースーパー1 11・12話感想

仮面ライダースーパー1』の感想。

11話

 怪人ジョーズワニを強化させるために作られた人工細胞X-9は、あらゆる生命体を食い尽くす恐ろしい細胞。ドグマでそれを研究していた佐野博士は外に持ち出して処分しようとするが、ジョーズワニの追跡を受け致命傷を負い、さらにX-9の入ったケースを貴重品と勘違いした青年により、強奪されてしまった! 30時間でケースが持たなくなり世界中の危機になると知った一也は、それを阻止しようとするドグマ側と利害が一致し、共同戦線を張ることに……。

 まさかの共同戦線展開に、「人が多すぎるから探せない」という、源次郎たちのセリフは、ドグマの本来の目的を踏まえると結構な皮肉になっていて、そこからおそらくゲリラ撮影だろうに特に周囲の人間が関心を持つ様子のない追跡シーン、というのが上手いこと機能して面白い展開に。

 捕まえた青年を暴力で脅してケースの場所を吐かせようとして一也が阻止し、やむなく怪人態を見せることで脅すジョーズワニ……など、要所は面白かったのですが、結局ジョーズワニの手元にX-9が渡ってからは非常につまらない展開となってしまいました。

 ジョーズワニがどれほど強化されたのかは元の強さがはっきりしないのでわかりづらいですが、スーパー1のエレキハンドなどが全く通用しないことで強敵感を上手く出す……のに、勝利の展開が、スーパー1が全精力込めて冷熱ハンドを使えば勝ててしまうというのは、非常にお粗末。

 そういうところに話の繋がりを持たせる(例えば、あらゆる生命を食い尽くすが冷凍には弱い設定があるとか、外気に触れて突然変異をしたという台詞を拾って不完全なまま運用したことにする、とか)ことで面白くなるのですが、正面から全力で立ち向かえば勝てました、ではそういう盛り上がりが一切生まれません(逆に、たいそうな肩書を用意しながら、結局スーパー1が全力なら勝てない程度のX-9が大したことなく見えてしまう)

 また、あらゆる生命を食い尽くす危険な存在扱いなのに、ドグマファイター一人食い殺したあとに、佐野博士がちゃちな金属ベラですくい取って瓶にしまい込んだり、突然変異したって説明があるのにジョーズワニが普通に体内に取り込んで強化したりと、X-9の脅威が全然わからないのも、今回最大の欠点。そこを脅威として説得力を持たせられなければ、サスペンス部分が成り立たないのですが(^^;

12話

 バットを持って暴れる食い逃げ犯(どこかで見たことある顔だなあと思ったら、『カゲスター』の業平刑事でした)を殴り殺す拳法家。

 中国拳法の道場・拳竜会を率いる男・大石秀人は、こうして悪事を働く者たちを成敗することによって人々の信頼を得ていくのであった。

 子供をひき殺しかけた暴走族を徹底的に痛めつけるアグレッシブ確信犯な大石に、市民は拍手喝采ですが、その暴力性にチョロは不快感を示し、ハルミは寒気を覚えるなど、正義の上の暴力に対する疑問を持ちだしてきたのは、興味深いポイント。1980年ということで、ちょっとその辺の意識に変化が表れ始めたころだったのでしょうか。

 そして大石、特訓中の一也に門下生をけしかけ、それを振り払った一也に拳竜会への入門と師範代になることを求めるが、一也は拒否。

 「この世から、無法なものを根絶やしにしたいと思っている」

 「それなら法律や、警察に任せればいい」

 「法律や警察があっても、この世に不正や無法がはびこっているじゃないか。沖君、私と一緒に手を組もう」

 「拳法家は、心身を鍛えることだけを考えればいいと、俺は思っている」

 あくまで拳法家として自分がなすことは、心身を鍛えて己を強くすることであり、人に無用な力を振るうことではない、と主張。

 ここは、一也の普段の修行の意義を明確に見せてきて、良かったところ。

 何かと「特訓」のイメージを持たれがちな昭和『仮面ライダー』シリーズですが、彼らが特訓するのはだいたい「今の自分の技では太刀打ちできない相手が現れたので、対抗策の技を編み出す」という展開で、要は恒常的に鍛えているのではなく「その都度やる」というものなのが基本パターンと言えます。

 (若干捻ったのが前作『仮面ライダー(新)』のスカイライダー強化で、これによりスカイライダーは一体の怪人専用の強化ではなく継続的な強さを得ているのですが、それを維持するための特訓や訓練の描写自体は継続されませんでした)

 そこで本作がちょっと違うのは、対抗策を編み出すための一時的な強化を図っての特訓なのではなく、基本戦闘スタイルを名前のある武道(赤心少林拳)とし、それの神髄である精神力を鍛えるために度々「修行」描写が持ち出されるところ。

 前々回の火炎の行や、崖から落とす特訓など、いずれも「心の迷いを取り払う」ことが目的であり、それにともなって新しい技を生み出した、という展開にはされていません。

 またそこで、もう一つ以前の昭和ライダーと違うのが、ほぼ毎週メンテナンスと機能チェックの描写が入ることで、彼の肉体が機械によるものだと示されるということ。

 このチェック描写により、体の不調も修復されるのですが、逆に怠れば機能不全が自然治癒しないということでもあり、改造人間は決して単なる強固な肉体ではなく、不便な部分もあることを示しています。

 だから、補うためには鍛えなければならない。

 スーパー1は5つの特殊な機能を持つ腕で様々な戦闘スタイルを構築できるのですが、メンテナンス描写によりそれだけで強いのではないことを示し、さらに修行の描写によって強さに精神が必要であることを示す、という形で「ヒーローの強さに必要なものは何か」を浮き彫りにする設計となっているのが、本作の面白い部分。

 80年代最初の『仮面ライダー』ということもあるのでしょうが、これまでの『仮面ライダー』シリーズと異なる切り口でヒーロー像を描こうとしているというのは、意図的な物だろうと思います。

 ……まあ、その書き方は「テンションゲージMAXなら攻撃力と防御力と根性値30倍!」みたいな、極端な感じなのが、70年代の空気を引きずっている感じがするのですが(笑)

 鬼竜会の正体はドグマの下部組織であり、大石の正体は怪人ライギョン。彼らはドグマ秘密警察を組織するために呼ばれたのであった!

 「秘密警察」は、ナチス・ドイツのゲシュタポをイメージして使われているのでしょうが、『仮面ライダー』シリーズで秘密警察と言う単語が出ると、某監査役さんを思い出してしまう私(笑)

 ライギョンは夜間に一也を攻撃するも、変身したスーパー1にあっさり倒された……と思いきや、スーパー1が去った後に中からギョストマなる新たな怪人が生まれ、ライギョンは倒されることを前提とした怪人だと告げる。

 頭がやたらにデカく、とても中国拳法とかできそうにない造形で弱そうだったライギョンですが、スマートなギョストマ登場により、デザイン面の引っ掛かりに納得。

 翌日、死んだはずの大石が鬼竜会を率いて、病気の母のために万引きした少年をリンチにかけていると知った一也は、動揺しながら鬼竜会に乗り込む。大石の正体を明かすも、誰も信じてくれない。

 まあ、一般人にはそもそも「ドグマって何?」ってところから始めないと、いけないと思うのですが(^^;

 自分が変身しても人々は信じない、だから生身で追い込んで向こうに変身させ、人々がはっきりと真相を知るようにしなければ……ということで一也は大石との決闘をすることに。だがそこに訪れた一也の師匠・玄海老師は、そんな一也の心に迷いがあることを見抜いていた。

 この後の展開に必要ですが、老師の登場は唐突過ぎるため、便利キャラとして投げ込まれたみたいな雑な印象(^^;

 ちなみに「迷い」の正体はどうして生きているのかわからないという、確かにそれは迷うけど、それで技が冴えなくなるのはどうなんだという内容(笑)

 迷いある拳で大石に勝つことはできず、とどめを刺されそうになる一也だが、そこに老師が割り込んだ! 老師と師範代が足止めする中、逃げる一也……で続く。

 ドグマ側にあえて「力を以て『正義』を為そうとする者」を置くことで、一也が何のために鍛え、修行しているのか? という部分を相対化して明確に見せてきた上で、まさかの敗北という展開で引っ張ってきて、面白い内容でした。