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魔法つかいプリキュア! 第46話感想

魔法つかいプリキュア!』の感想。

 もうなんか、面白くないとか酷いとかじゃなくて卑劣。

 サンタクロースの正体は魔法使いであり、ナシマホウ界からも手紙を受け取っていて親の承諾を得て家に上がりプレゼントを配っている、って設定にされるのは、もう作品世界と現実世界が完全に分断されていると認識できる現状、なんとも感じません。

 物語をそういう設定の下に転がしておきながら、見せているものがただ汚いって話で。

 サンタクロース役のアイザック先生が倒れ、みらいたちがサンタクロースに扮する中、ナシマホウ界では勝木さんとまゆみが道を歩いて会話中。

 今回最初の酷いポイントは、ここに来て勝木さんが魔法使いを見て騒ぐ理由が「昔から得体のしれないものを見たと騒いでも信じてもらえなかったから」と判明するところ。

 もちろん、今まで全然そういう設定の下に話を転がしてこなかったわけですが、ええとなんですか、今までみらいたちが勝木さんに目撃されていたのをごまかしていたのは「みらいたちが勝木さんをパラノイアに仕立て上げていた」のではなく「勝木さんは元からパラノイアだから問題ない」とでも言うつもりですか?

 カボチャ鳥とかの件もそうですが、みらいたちの問題がある言動を「被害者側は何とも思っていないから問題ない」というずらし方で転がすのは、まともな話の作り方とは思えません。

 というかみらい、本編開始前から勝木さんとはそれなりに会話する程度の仲だったと思うのですが、勝木さんのそういう事情を知っているのか知らないのか。知らないとしても問題があるのはみらいの方なのですが、知っているとすればこれまで勝木さん相手にごまかしてきたのは「どうせ勝木さんだから適当にごまかせば周囲は信じないだろ」って話になるのではないのか。

 主人公の問題のある言動をフォローする方法が「問題は問題として、別の方法で主人公を肉付けしてフォローする」のではなく「周囲に問題があるから主人公は悪くない」と周囲を下げる話にして、何が面白いというのか。

 主人公がまともになるわけではないので、むしろこれまでの異常さが際立つばかりなのですが。

 本作が一本芯の通ったテーマを掲げていて、それが全然ブレていないなら余分な要素を引いて話を作るのはわかりますが、(もう手遅れだけど)何も固まっていないのだから引き算で話を作ろうとするな。

 で、そんな勝木さんが宙に浮いているベニーギョを見て「赤いからサンタさん?!」とか言い出すの、いったいどういう感情の動き方をしているのでしょうか。

 直前のセリフから、現状で勝木さんが宙に浮いている人型の何かを見たら「魔法使い」もしくは「宇宙人」だろうと思うのですが、一発ギャグのために登場人物の感情を平気でぶち壊す安定の『まほプリ』クオリティ。

 毎度そうですが、ギャグを述べている人間の脳内で論理が破綻しているので、ちっとも笑いになりません。

 作っている側は「ベニーギョがサンタと間違えられる」ってネタをやるだけで面白いつもりなのでしょうが、オルーバが「面白い」って言葉を並べていたのと同じで、そういうのは掴みのギミックやキャラ造形の骨組みに過ぎず、それをどういう風に意味づけするのか、どう話の中につなげていくのかを考えることが物語を作ることなんですけど。

 そんなベニーギョたちを発見したプリキュア達、プレゼント配るから早く切り上げたいと戦闘を開始。ベニーギョからクリスマスとは何かを聞かれ、懇切丁寧に解説するフェリーチェ。

 ここにきて突然にドンヨクバールとベニーギョが漫才を始めるのですが、先のネタと同じで「そういうことをすれば面白くなる」のではなく「それがどういう意味を持つのか」「それが話の中でどうつながるのか」を考えることに面白味が生まれるのであって、全然笑いようがありません(^^;

 子供からもらった飴玉に興味なしだったベニーギョがここで人間味を見せたところで、あと4話?ほどで膨らむ要素と思えませんし。

 「おあいにく様! プレゼントをもらえるのは良い子なのよ!」

 「あなたたちのように他人に迷惑をかける人は……物を散らかしっぱなしにするような人は、プレゼントをもらえません!」

 今回エピソードで特別酷いポイントの二つ目は、ここで考えるのが「サンタクロースが認める良い子とは何か」ではなくて「サンタクロースからプレゼントをもらう方法」であること。

 プリキュア達の主張、要するに「プレゼントほしいなら片づけや掃除をしろ」なのですが、なんでそんな即物的な内容で努力を推進しようとするのか。

 報酬を得る目的で努力する、を全面的に否定するわけではないですが、サンタクロースのプレゼントは、「ゲームが欲しい」とかの内容自体は子供の意思が入っても実質「大人から子供に一方的に施す」ものなので、労働に正当な対価を、というのとはわけが違います。

 現実的に子供が努力してもサンタが来ない家はあるし、子供が適当に怠けていてもサンタがプレゼントをくれる家だってあるわけで、「努力すればサンタが絶対来る」が前提に立っているのは、明らかにおかしい。

 本作における「努力」観が序盤からずっと引っかかっている私ですが、兎に角どこもかしこも履き違えています。

 で、まあ、ドンヨクバールが倒されてベニーギョが撤退し、プリキュアに詰め寄る勝木さんに、まゆみはプリキュアの困った顔を見て気を遣う。

 いやあの、なんで君ら被害者みたいな面してんの?

 今回特別に酷い部分の三つめが、この異常な流れが今回単品で見ると一見何も問題ないかのように見えてしまうこと。

 これまでのエピソードをぶった切って、今回だけで見ると、このエピソードは「町の人を守るためにやむを得ず掟を破ってしまったみらいたちが、目撃者の好意と理解により見逃してもらえる」に見えるようにできています。

  実際は全然そんなことはなくて、みらいたちはこれまでそういうやむを得ない事情でもないのに魔法を使ったのを目撃されていたため、勝木さんに詰め寄られたらそこに向き合わないといけないのに、何故かまゆみたちに気を遣わせてしまっている。

 そして、それを全くおかしいと思っておらず、罪の意識とか全くない。

 要するに、これまでの話を踏まえるなら、勝木さんとナシマホウ界での魔法使用問題は完全にみらいたちに非があるのに、今回だけだと何も非がないように見せかけているばかりか、空気の読めない勝木さんが異常かのような外観さえ作っています。

 これまでの話の内容をまるっきり踏まえない展開なだけでなく、これまでの内容を考えるのと考えないのとで全く意味が違う、むしろ考えなければ上っ面が綺麗なお話に見えるよう仕立てあげているというのは、常軌を逸しているとしか言えません。

 これまで描いてきた内容へ正々堂々と向き合う意識も、実際に視聴する者たちへの誠実さも一切感じられず、これを「卑劣」と呼ばずしてなんと言うのか。

 サンタクロースを描写することで夢を壊すとか、そんな上部だけではない、もっと根元的な部分からおかしい。

 残り話数的に坪田文さんは最後の登板だと思うのですが、個人的に合うとか合わないとかの領域ではないレベルで、最後の最後まで最低の内容でした。