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ぼんやりと特撮・アニメなど

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魔法つかいプリキュア! 第47話感想

アニメ感想 魔法つかいプリキュア

魔法つかいプリキュア!』の感想。

 ナシマホウ界が新年を迎える中、常春のはずの魔法学校周辺に雪が降り始める。

 いよいよ終わりなき混沌の到来が近づいてきた、という緊迫感が例年だったらあるはずなのですが、本作全然そこに向き合わないし、プリキュア達もそんなこと知る由もなし、と、いったいどういう感情で見ればいいのかわかりません。

 魔法を試す勝木さんとか、壮太とか、先生と並木くんとか、どれもこれもロクに話が広がらなかったなあという虚しさばかりが膨らんでくるのですが、もうなんか、見せてくれただけマシ、レベル。

 で、初詣、これからの願い事を皆述べる中、今この段階に来ても卒業後は何をすればいいのかわからないとか言い出すリコに、オルーバが告げた自分の正体故にこれからも同じ未来が来るのか悩むはーちゃん。

 「明日も一緒だよ。リコも、はーちゃんも、モフルンもみーんな!」

 リコの「明日何をすればいいのかわからない」とはーちゃんの「明日も自分は一緒でいいのか」は本質が全然違う悩みなのですが、それを「明日もみんな一緒だから問題ない」とか言ってのけて強引に一まとめにするという明後日の方向の回答を繰り出すみらい。

 本当にコイツは、人を思いやる気持ちってのが皆無なんだね!!

 そこから久しぶりのおしくらまんじゅうで突然温め合おうとしていますが、互いに押し付け合って摩擦で熱を生み出し、実は誰も同じ方向を向いていないのに本人たちはまとまったつもりになっているという構図は、現状の皮肉にさえ見えてきます(笑)

 そこに太陽から巨大な黒い塊が飛来し、他の眷属の力を取り込んだのか怪物姿のベニーギョが出てきて街を破壊し、プリキュアと戦闘。

 全ては混沌に飲み込まれて無くなるんだというベニーギョに対し、プリキュアが反論。

 「そんなことさせません! 私たちには明日があるんです!」

 この土壇場に来て、唐突に持ち出される「明日がある」というテーゼ

 「私たちには、まだまだやりたいことがたくさんあるの!」

 ……いやマジカル、いつのまに「まだまだやりたいことがたくさんある」になったの?

 ついさっき、君の悩みとして出てきた「卒業後はどうなるのか」って、突き詰めると「明日、何をやりたいのかわからない」なんですが。

 極端に書きましたが、「明日がある」は「明後日は無くてもいい」ではないはずで(それが成り立つと、ベニーギョが「じゃあ明後日滅ぼすわ」と言いだせば反論の余地がない)、つまり「明日」は「今日の後、明後日の前の1日」という時間ではなく「もっと先まで続く未来全般」を指す言葉のはずなのですが、何故か現実に見えていた「何をやりたいのかわからない未来」を忘却した上で「明日」を語りだすという、意味不明の言動。

 「明日はどうなるのかわからない」を前向きに考えるんじゃなくて、「明日も一緒だから大丈夫」って決着してるのが問題で、そのせいでマジカルが「明日もやりたいことがいっぱいある」とか言い出すのが全然つながってません。

 いや本当にこの子たち、

 「今を生きた先に明日がある」

 じゃなくて、

 「明日が来るからなんとなく生きている」

 じゃないんですか。

 「私たちはいつでも一緒! みんな笑顔でいるんだから!」

 で、それだけ「明日」について語っておきながら、大きな問題として存在するのがそれをいったい誰が保証するのかという話。

 ここに並べた通り、プリキュア達は「私たちが明日を作る」なんてことを一言も述べていないわけですが、じゃあいったい誰が明日を作ると言うんでしょう。

 この子たちは「明日」というものが口を開けて待っていたら当然にやってくるものである、と思っているのでしょうか。

 現状、神に選ばれた者しか赦されない世界である本作の状況でそれを言われても「は? 何言ってるの?」と思うのですけど。

 素敵なこと・やりたいことがいっぱいある「明日」を誰が作るのか、を考えたら、プリキュア達が自分で作る意思がないのなら、今回の鍋(暖かく受け入れる家族、の暗喩だろう)の件を見てもそれは「周囲の人間が作る」と見るものだと思うのですが、それでは本作においてプリキュアを取り巻く周辺の大人ってどういう人らか。

 未知の世界に娘が旅立ってもほったらかしにしたり、自分では全然守るつもりのないルールを平気で押し付けたり、周囲に相談も何もせず行方をくらましたり問題を引き起こしたり、身内の補習をどう考えてもえこひいきにしか見えないデタラメ採点で合格させたり、あげくそれらの蛮行を「青春のひとときを守る」とか「運命」とかの言葉で正当化しようとばかりする、無責任の権化みたいな連中なのですが。

 断じて素敵な明日を運んでくれるような、素晴らしい人々ではないことは明白です。

 故に、彼らを信じて「明日がある」とか言ってるとは、思えません。

 兎に角色々な要素が信用できないこの作品ですが、唯一信用できそうなことと言えば「朝日奈みらいには魔法がある」だけで、魔法があるから朝日奈みらい『は』明日がある、と考える以上に話をまとめられそうな要素がなく、つくづく「みらい/ミラクルは選ばれているから救われる」という話でしかないのが、本当にどこまでも酷い。

 そしてマジカル・フェリーチェ共に、そんなミラクルの選民性に乗っかって明日を享受するから救われるだけ、というのがなおのこと、酷い。

 以前も書きましたが、彼女たちの思想は「例え明日世界が滅んでも、私はリンゴの木を植える」とか、そういった高尚なものではさらっさら無く、明日は無条件にやってくると根拠ゼロで信じ込み、それを否定する存在から目を逸らしたいだけという実に怠惰でお粗末なもの、としか言いようがない。

 エクストリーム・レインボーでベニーギョは吹き飛ばされるが、そこにとうとうデウスマストが出現。世界が闇に包まれたかと思うと、何故かみらいは朝のベッドの中に。外ではナシマホウ界に魔法使いが飛び回り、みな平然と魔法を受け入れていた……で続く。