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ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

鉄血のオルフェンズ 43話感想

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の感想。

 ついに始まったマクギリスのクーデター。地上部隊がギャラルホルン本部の7割を制圧し、セブンスターズメンバーや通信施設も抑えられ、モビルスーツも無力化完了、マクギリスは新たな行動に出る。

 「もう引き返せんな」

 そして回想による、マクギリスの過去の描写。

 幼少期、貧しい地区で育った孤児のマクギリスはイズナリオに男娼として拾われ、力を求めてファリド家の養子となるまで這い上がってきた。しかし、それでも力への渇望は変わらなかった。

 「俺にはまだ力が必要だった。そして見つけた。今、この世界で最高の力の象徴……権力、気力、威力、実力、活力、勢力……そして……暴力。全ての力を束ねる存在……ギャラルホルンのトップ、アグニカ・カイエル……真理を」

 様々な力を求めたマクギリスが本部を掌握したのは、そこに眠るアグニカ・カイエルのモビルスーツにしてガンダムフレーム機、最上位の悪魔の名前を冠するガンダムバエルを手に入れるためであった!

 登場したガンダムバエルは、ほぼ白一色。初代ガンダムは白一色にする予定が商業的都合でトリコロールに近い色となったという話(詳しく見ていないので、ちょっと調べた程度の受け売りですが)をオマージュしたのでしょうか。

 そこに轟音とともに、降りてくるガンダムヴィダールコクピットから出てきたヴィダールが仮面を外すと、そこにある顔は死んだはずのガエリオ・ボードウィンだった!

 ヴィダールの正体はわかり切っていた内容と言えど、この仮面がストレートに外されるものとは思ってなかったので、割と衝撃(笑)

 「すぐに人を信用するのはお前の悪い癖だな」

 「そうかもしれないな。なんせ、親友だったはずの男に殺されたのだから。……親友……いや、その言葉は違う。俺は結局、お前を理解できなかった」

 優秀なマクギリスに憧れを抱き、いつか並び立ちたいと願っていたガエリオだが、いつしかマクギリスが真意を隠すようになったと気づく。父に対し言えない言葉を自分に言うマクギリスに、自分の前では仮面を外していると信じていたガエリオだが、結局そうではなく、マクギリスに殺された……と語る。

 「俺は、確かめたかった。カルタや、俺や、寄り添おうとしている人間を裏切ってまで、お前が手に入れようとしているものの正体が」

 「フッ……たどり着いたようだな」

 「ああ。この場所にお前がいるということ。それこそが答え」

 「満足したか?」

 「ああ、おかげで決心がついたよ。愛情や信頼、この世の全ての尊い感情は、お前の瞳には何一つ映らない。お前が理解できるのは、権力、威力、暴力。全て力に変換できるもののみ」

 そのまま、バエルに乗るよう促すガエリオに、止めるのかと思っていたと険しい表情で見据えるマクギリス。

 「それとも一度は死んだ身、何も失うものは持たないと?」

 「いや、逆だ。今の俺は多くのものを背負っている。しかし全て、お前の目には永遠に映らないものたちだ。お前がどんなに投げかけられても、受け入れようともせず否定するもの。それら全てを背負い、この場で、仮面を外したお前を全否定して見せる

 今回、(物理的に)仮面を被ってきたヴィダールガエリオが正体を明かすと同時に、マクギリスのこれまでを「(精神的に)仮面を被った姿」になぞらえて展開されるのですが、1期最終回や前回のオルガの言葉も考えると、本作における「大人になる」ということの意味が見えてくる気がします。

 それは「仮面を被ったまま、上っ面の関係を築く人間になる」のでも「最初から仮面を被らず生きる」のでもなくて「一度被った仮面を自ら外せる人間になる」ってことなのだろう、と。

 この世界で、誰でも一度は真意を隠すこと……仮面を被ることを覚えるときがあり、そうすることで見えなかったものを知り、それをいつか自分の意志で取り外せる人間になることが「成長する」ということになぞらえているように思います(1期でも、マクギリスは仮面を被って街中を歩くときに「大人にはなり切れないものだな」と語っているので、意図的な物と思われる)。

 で、1期におけるガエリオの扱い、私は「自分の誇りや真意を貫こうとした時は全く評価されず、偽った時だけ受け入れてもらえたり尊敬されたりする人間」だと思っているのですが、つまり1期終盤においてガエリオは嘘をつく生き方を覚えたわけで、それは彼に「精神的に仮面を被る」プロセスを与えていたのではないか。

 そうして自分およびそれ以外に対し向けられる愛情や憎しみなど、様々な情念を知ってきたガエリオは、今ここで仮面を外し、「大人」となる。

 ガンダムの上で、ガエリオが常にマクギリスより高い位置から見下ろしているという映像や、前髪が降りてマクギリスに近いシルエットになっていることも含め、ガエリオの精神的成長のプロセスと仮面を外す描写がぴったりと納まり、鮮やかな展開。

 まあそうは言いつつも、ガエリオはマクギリスが動いている源――憎しみもまた愛情や信頼と同じく力に変換できない感情であることに気付いているのか曖昧に濁されており(気付いた上でそれによって生きてはならない、というスタンスかもしれませんけど)、またここでマクギリスを止めるのではなく「仮面を外したお前を全否定する(マクギリスを大人にしたうえで正面から倒す)」という、よく言えば騎士道だけど悪く言えば自分勝手な理屈を叩きつけており、完全に正義と断定できない構造になっているのが渋いところ。

 そこに三日月の操る、ガンダムバルバトスルプスレクスが登場、マクギリスの指示により三日月はヴィダールと戦うが、なんとガンダムヴィダールには阿頼耶識を応用したシステムが搭載されており、アインの脳をデバイスとしてバルバトス級の運動能力を発揮できる凶悪なモビルスーツとなっていた!

 バルバトスに「全てをよこせ」と脅す三日月に対し、アインに「全てを任せる」ガエリオが対として描写されますが、かつて忌み嫌った阿頼耶識からさらに一歩進んで人間の脳を装置として組み込んだロボットを操り戦う異形っぷりが、強烈な設定(しかもそれを「愛と信頼を背負った人間」がやっているという)。

 独自の思考回路を組み込んだが故に人類の脅威となったモビルアーマーに対してこれが描写され、人間の命と心の意義に重たいフックを放り込んできました。

 バルバトスと互角に戦うヴィダールを見て、マクギリスはバエルに乗り込む。マクギリスもまた、研究の末に成人でも阿頼耶識が定着できる技術を確立、それを自分に施術して最大出力でガンダムを動かせるようになっていた。

 阿頼耶識の技術革新が描写されることで、おやっさんがハッシュの手術を拒絶した件も違う意味を持つのですが、あまり遡りすぎると進まないので今回は掘りません(^^;

 バエルが動き出し、ガエリオは三日月への侮蔑の言葉を詫びて撤退、マクギリスは全世界に向けてバエルを掌握したことを告げる。そんなマクギリスの姿に、子供のころの想いをそのまま形にしたのだと悟るラスタル

 「お前は大人になれぬ子供だよ、マクギリス・ファリド

 ここで先に書いた通りに、「仮面を被る」ことが大人になるプロセスとして必要と見るなら、ラスタルの認識は「マクギリスは仮面を被ることを知らないまま大きくなってしまった者」なのでしょうか。

 ガエリオとは触れている場面が違うので、こういう認識のズレが生じるのは当然ですが、イオクを謹慎させた件も含め、ここまで富裕層の特権に胡坐をかいたまま生きている「何もしない大人」であるラスタルが、本作の「大人になる」意義を誰よりも理解していると見ると、色々と考えさせられます。

 そして、そんなラスタル評に当てはまりそうな人物(一度も仮面を被ったことがない)を他に探ると、三日月だけがそこに該当するのですが、これからのクライマックスでそれがどう作用するのか。

 マクギリスの発信に対して、自ら全世界に正体を明かし、ラスタル陣営としてマクギリスを討つことを宣言するガエリオ

 思いっきりヒーロー演出で、「愛を背負った戦士」としてのキャラ付もされたことから、本当に『コンドールマン』みたいになってきた(笑)

 どこの どこの どこの誰から頼まれた

 命を懸ける価値もない それほど汚れたギャラルホルン

 人の心が生み出した

 バルバトス! グシオン! フラウロス! マクギリス!

 悪魔の群れに敢然と 戦い 挑み 愛を説き

 ああ ああ 今日も行く

 正義を助ける ヴィダールマン

 正義のシンボル ヴィダールマン

 演出的にも設定的にも、作り手の方がガエリオの勝利を確信していると思わせる内容なのですが、ガエリオ陣営はこれまで「腐敗しきった体制」と評してきたものであり、対して悪の組織のごとく扱われているマクギリスは手段こそ無茶苦茶ながらそんな体制をつぶそうとした人間と言うのが業が深く、そこにこれまで最強のヒーローとして君臨していた主人公の三日月が与しているのはマクギリス側、というネジくれ方が実にスリリング。

 ここまで間違いだらけの無茶苦茶を続けた鉄華団をヒーロー演出で通してきたのが、一見善悪の立ち位置を切り替えてしまうというシナリオと演出の運び方によって、名前のあるキャラの死者を出さずに作品を盛り上げるという離れ業に。

 と言ってもこれ、一種のどんでん返しなのであり、これを通用させられるのは本当に一度きりなので、これをやってしまったからには作品を終わらせるしかなく、マクギリスのセリフ通りに引き返すことができなくなりました。

 作品の力から言ってもこれ以上続けるのは難しいと思いますが、思い切った決断。

 さて、本当の最終盤に向けるつもりで描かれているわけですが、これまでのマクギリスの態度からして、旧時代の支配の象徴を奪って自分のものにしたから支配完了! とか、そんな安直なことを考えているとは考えづらいのですが、どうなるのでしょうか。

 むしろ、自分と同じ立場のまま、権力に飲まれず生きている三日月辺りがバエルを破壊することで、自分を反逆者として処刑させつつ新たな力の秩序を産ませようとしている、ぐらいの方がすっきりするのですが。

 三日月のチョコレート(紙を剥した後、絵の描いた包み紙は飛んでいって、食べられるのは中のチョコレート)の描写もあって、今回でマクギリスの真意が完全にあらわになったとしても不思議ではないですが、どうももう1枚か2枚ぐらい、仮面を被っているのではないか(笑)

 マクギリスが引き起こした、新たな世界大戦の行方や如何に。