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鉄血のオルフェンズ 44話感想

機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の感想。

 バエルを起動させることに成功したマクギリスは、ガエリオの生存を知るボードウィン卿に問いただされるも、バエルの操縦者は最大の権力を持つ古いルールによりマクギリスを糾弾することはできず、セブンスターズには逆賊ラスタル率いるアリアンロッド艦隊の撃破が命じられることに。

 一方、ガエリオを保護したラスタルは、マクギリスの罪状を全世界に公開。

 「例えギャラルホルンの法に背いても、マクギリス・ファリドを断固断罪する!」

 一方、イオクは謹慎を解かれて復帰、ラスタルはイオクを慕う部下がいるのはそこにこれまで現実に見てきた「歴史」が載っているからであり、マクギリスが縋った「伝説」とは重みが違うのだと語る。

 「ギャラルホルンは確かにアグニカ・カイエルから始まった。だが、その歴史はアグニカ不在の中で作られた者だ。周囲との調和、協和……個ではなく組織であるから成り立つもの」

 「ラスタル様……」

 「歴史を尊ぶなら、むしろ、奴はアグニカを否定するべきだったのだ」

 正直なところ、前回書いたように私は、マクギリスがいくらアグニカを信仰していようとバエルの掌握による統制を革命の決着にするとは思えないのですが、ラスタルのこのセリフが後に影響するのかどうか。

 ラスタルの言動は客観視すれば正論ではあるのですが、それを述べているラスタル自身はその共和体制を作り上げた人間ではなく、その調和から本人の責なくして外れている者たち(鉄華団ヒューマンデブリのような人々)には目もくれておらず、「調和」と言いつつ組織の中に納まっているだけであり、口で格好つけつつも自分はアグニカを否定も肯定もしない「何もしない人間」であるというのが、酷く皮肉な構図。

 その夜、アルミリアの前に姿を現すマクギリスだが、アルミリアの手には短剣。それをマクギリスに向け、彼を殺すと表明するアルミリア。

  「そうか……では殺すといい。自分の命よりも大切な人の手で、殺されるのなら」

 「嘘!」

 「何が嘘? 君を愛している」

 「嘘よ! 全部嘘なんだ! マッキーは私をだましてた! 優しい目も、言葉も全部嘘!」

 思いっきり社交辞令なのですが、ここまで本心が見えない描写で描かれてきたことと櫻井さんの演技が程よくマッチしており、どちらに転んでもわざとらしくならない絶妙な塩梅に。

 マクギリスに対してどうにもならない怒りを抱えているはずなのに、それでもマクギリスに対する愛情を消し去ることができないアルミリアは、自殺を図ろうとするが、それを止めるマクギリス。

 「アルミリア。君が例え死を願っても、私は君を死なせることはできない。昔、約束したからね、アルミリア。君の幸せは、保証すると

 「何よ……幸せなんて、もうなれないわ」

 「ああ、今は恨んでくれていい。それでも、生きてさえいてくれたら……いつか遠い未来、多くのことがあったけれど、それでも幸せだったと……君にそう思わせてみせる」

 マクギリスがアルミリアに対して何を求めているのかは未だ曖昧に濁されているものの、マクギリスが言う「幸せの保証の約束」はアルミリアだけでなく、ガエリオに対するセリフにもかかっているのが、興味深い部分。

 三日月の悩みのように「やりたいこと=夢」と「頼まれてやること=仕事」がかなり切り分けられている本作ですが、マクギリスの場合そこが重なる点は現状、アルミリアしかないわけで、それが生きる理由や原動力の一環になっているのは、案外、他の誰にも明かせない本音なのかもしれません。

 それが愛情かどうかは、別の話ですが。

 にしても、アルミリアの剣を受け止めるのは家族や絆の象徴である左手で、その血によってアルミリアの手を汚して、鉄華団言うところの「家族」と言う名の運命共同体として自分たちの世界に引きずり込んでいるという絵面は、なかなかに意地が悪い(^^;

 アルミリアから見れば「殺意を持った上で武器を振り回して、愛するものを傷つけた」とも解釈できるわけで、本人が言うように完全におかしい人間になったことの暗喩にも思え、これもしかして、アルミリアが死ぬ展開もあるんじゃないだろうか……?

 その後、鉄華団に通信を送るマクギリス、自分の読み間違いによりセブンスターズの協力が得られず、鉄華団とマクギリスの部下だけでアリアンロッドを迎撃することを説明。

 「バエルを持つ私の言葉に背くとは……ギャラルホルンのルールに逆らうことになりますが」

 「そのルールはモビルアーマーを倒すために、強い個人が必要だった時代のものだ」

  愚直にルール(法規)の下で統制することを考えたら、「大人の汚さ」というフックで頭を殴られた(笑)

 注目すべきは、バエルの操縦者については冒頭でも「ただのおとぎ話」「伝説」と言われていて、明文化された法である描写が一切ないので紛らわしいのですが、このセリフに先のラスタルの「例えギャラルホルンの法に背いても」というセリフも併せると、単なる威光ではなく、ルール(法規範)として存在するのが明白である、ということ。

 逆説的に、上記ルールが「存在しない」のであれば、マクギリスと革命派は逆賊扱いで問答無用で拘束してしまえばいいわけですし(マクギリスの説明するパワーバランスが正しければ、セブンスターズアリアンロッドで向かって来られたら革命派は勝ち目がない)、それをやらないことが「法は存在する」ことの証左にもなっています。

 で、ここからのセブンスターズの対応がえぐいのは、「制定当時と時代背景が違うからそのまま解釈するのはそぐわないので、自分たちで抵触しない解釈を考えて行使する」という内容であること。

 古い法である上に実行者がいないが故に、おそらく解釈も議論もされていないと思われ、マクギリスは「前例がない事情なのだから背きようがない」と解釈していると思われる一方、他のセブンスターズにして見れば「前例がないことなので法の文言をどう解釈しようが自由」という話で、それぞれの価値観のズレが見えてきますが、非常に汚いやり口。

 ボードウィン卿がマクギリスを人格面で批判しているのを制止して、早々に議論を斬り上げようとしている描写からも、下手に突っ込まれる余地を残すとセブンスターズ側が不利になる内容であると思われ、実に悪辣。

 一応、(そこまでの過程はさておき)マクギリスは現実に存在する法に則った行動をとって古い法と慣習に縛られている人間を動かそうと考えているのに、「旧態依然から変わらない支配者」であるセブンスターズが、ここぞというところで法の解釈を都合よく変えてぶっ潰している、と言うのが、ひどい皮肉すぎてすごく面白い(笑)

 この汚さを予測できなかった点ではマクギリスの詰めが甘いとも言えますが、いくら時代が流れてそのまま適用するのが難しくなった法であるとは言え、およそ300年にわたってその意義を検討することも議論することもしないまま放置して、いざ実行者が現れると支配者連中だけで誤魔化そうと急ごしらえ解釈をでっちあげる、という内容であり、腐敗ここに極まれり。

 またボードウィン卿の怒りは、自分の子供たちを傷つけられたことに対する怒り(愛情)とそれを他の者にも適用しようとする精神性への怒り(正義感)をぶつけているわけですが、この場合のセブンスターズにとっては都合が悪いのでバッサリ切り捨てられており、この面から言ってもセブンスターズが「正義」や「秩序」のために今回の対処を取ったのではないと言えるものでしょう。

 纏めると、今回のマクギリスは古い制度に乗っかるだけのセブンスターズの腐敗っぷりを前提に、それを利用する計画を起こしたのですが、そいつらが「想像ほど腐ってなかった」のではなく「想像以上に腐り切ったヘドロだったから失敗した」という話で、実に酷い。

 マクギリスの行動、善悪でいえばまあ「悪」で違いないと思いますが、悪を叩き潰すのがボードウィン卿のような正義感ではなくもっとどす黒い巨悪、というあたりが「正義」が一筋縄で通らない本作らしいと思うものの、非常に業が深い。

 今度こそ最後の戦い、と動き出す鉄華団。大人として何もできなかった自分への贖罪も込めて留まるデクスターと、同じく自分の不甲斐なさを恥じるメリビットと、仮面を外せなかった大人たちの苦悩として拾われたのは良かったところ。

 一方、素顔を見せたガエリオジュリエッタは、正面から会話。

 尊敬できる人間を持ち、それで自らを否定せず向上心を持てる君は正しい、と大人としてのエールを送るガエリオが完全にヒーローで、このまま次の戦闘であっさり死んでもおかしくない勢いなのですが、どうなる(^^;

 鉄華団サイド、自分たちがオルガを追い立てたのではないかと悩むユージンに、シノ。

 「悩ませときゃいいんじゃね? それはオルガの仕事だろ

 「でもよ……」

 「でもって、俺たちの仕事は一つだ。オルガが迷うなって言ったらよ、鉄華団のためにも絶対迷わねえ

 「……だな」

 人の信頼に応えることこそ仕事、と描写される中で、向上心を持てる生き方を「正しい」と示されるジュリエッタに対し、自らを磨くのではなくできるだけをするシノも否定されないことで、バランス取り。

 一方、マクギリスはどのみち戦闘になったことを適当に処理していた件で、オルガの右ストレートがクリーンヒットしていた。

 美形悪役にあるまじき顔で吹っ飛んだのですが、涼しげな顔で立ち上がって笑みを浮かべており、どこまで底が知れない人間なのか。

 船内があと一回と騒ぐ中、そのことへの恐れでクーデリアに相談するアトラ。

 「三日月がどこかへ行っちゃう……やっぱり、私なんかじゃ繋ぎ止められなくて」

 「いいえ。三日月を繋ぎ止められるのは、私ではなくアトラさんです」

 「え?」

 「私は、三日月達のような子供が存在しない世界を……そう願って活動してきました。けれど、それに矛盾を感じるようになったのです。彼らの結び付きは、この過酷な状況からでしか生まれなかった。そして、私は彼らという家族に憧れた

 人間の縁が生まれる可能性を消し去ることになるのなら、それが決して正しいこととは限らない……思い悩むクーデリアは、憧れた家族の絆の象徴である左腕のブレスレットを見つめるが、それを知っているかの如くアトラがクーデリアも家族である、と発言。

 鉄華団は今後の状況も考えて意図的にアドモス商会と縁を切ろうとしているわけですが、アトラだけはここでクーデリアを思い出し、立場が違う人間でありながら苛酷に生きてきた者たちとの固い結束を作ってくれた・気付かせてくれたのはアトラである、と強調することで、クーデリアがアトラにこそ三日月を繋ぎ止める力があると認識することに説得力を持たせました。

 で、クーデリアの在り方もアトラに対する信頼を踏まえた上で向上心を持つ、というものでガエリオの言う「正しい」生き方となるわけですが、結局過酷な生き方をする者たちがいる(その中で死ぬものもいる)という事実は変わらないわけで、これが絶対の正解にならないのもシビア。

 三日月の下を訪れるアトラ。

 「大変な戦いなんだよね?」

 「まあそれは、どっちかって言うと楽。これに乗ってれば体も動くし、余計なこと考えなくてすむ……」

 「……楽なんだ」

 相変わらず、悪意のない言葉がみぞおちにクリティカルヒットするなこの作品(^^;

 「三日月が戦ってる時、私は待ってるだけだよ。戦ってる時の方が楽だったら、私は三日月に……何も、あげられてないの? 私は……私は三日月が好きだよ。ここにいる三日月が、好きだよ!

 泣き崩れるアトラを、抱きしめる三日月。

 「なんか……アトラのこと大事だって思った」

 「そんなの……」

 「戦いのない場所なんて、俺は知らないんだ。あるのは、自分で選んだ戦場か、選ばされた戦場か、それだけ」

 「今は?」

 「アトラが泣きやむように、戦ってる」

 自分で選ぶにせよ選ばされるにせよ「やらなければならない」戦闘に生きてきた三日月が、初めて本当の意味で「自分の意志で戦いに赴く」ことを表明。

 ここまで「農園をやりたい」「戦場が無くなれば何して働けばいいのかわからない」「オルガのために全部使わなければならない(だから命令しろ)」「倒さなければまたやってくるから倒す」のように、「やりたいこと」と「頼まれること・やるべきこと」がなかなか一致しない三日月だったのですが、44話にしてアトラを軸にそこが一致するという、まさかのクライマックス。

 マクギリスとアルミリアの関係の鏡写しになっているのですが、サブタイトルの「魂を手に入れた男」が、アグニカの魂を得たマクギリスだけではなく、アトラを見て初めて生きることを見出せた三日月、と重なり、鮮やかな展開。

 同時にアトラ、「三日月を繋ぎ止める」はアトラのやりたいことではとどまらず、クーデリアからも頼まれたアトラの「仕事」にもなったわけで、こちらも同じように進んだのが強烈。

 まあおかげで、三日月が生きて帰らないとアトラは完全に救いようのないバッドエンドなのですが、今までの因果が全部帰ってきたので仕方がない(笑)

 不穏な空気を漂わせつつも、三日月の夢と仕事の問題の折り合いが一旦ついたところで、この先の展開を考えると、今回マクギリスが「アルミリアの幸せは保証する」と言っているのですけど、三日月はそういう「救い」とか「幸せ」をアトラに対して保証しないし、クーデリアも今回で事実上、三日月からの「俺たちを幸せにしてくれるの」という問いかけを反故にした格好で、

 「罪? 救う? ……それを決めるのは、お前じゃないんだよ」(25話、三日月)

 が、拾われるかどうかが、今一番気になっているところ。

 何もされず放っておかれる可能性ありますが、どうなるやら。