読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ぼんやりと特撮・アニメなど

特撮やアニメの感想を適当に投げるブログ つぶやき → https://twitter.com/wayohmugen 某mugen製作 →https://onedrive.live.com/?id=3AB66F1D6B2F66E4%21139&cid=3AB66F1D6B2F66E4

仮面ライダースーパー1 47・48(最終)話感想&総括

仮面ライダースーパー1』の感想。

47話

 一也の前に現れた怪人ゴールドゴースト(手袋とブーツがそれぞれ片側がメカで片側が赤色など、左右非対称の異形感がなかなか面白い)。金の砂(とセリフでは言われますが、見た目は金の紙吹雪)を浴びた一也はその毒により熱に苦しめられることに。

 一方、源次郎の店には国際宇宙開発局から暗号通信が入っていた。宇宙開発ロケット・ジュピタースーパー1の完成と、そのパイロットとして一也が任命されたことを伝えるための無線であった。

 源次郎により、アメリカの国際宇宙研究所が崩壊した後は本拠地を日本の富士の裾野に移転して活動を続けていたという話が説明されますが、今の今までそんな話が出てこなかったことと、現状組織として国際宇宙研が真っ黒にしか思えないこと、さらに本拠地の場所が場所だけに胡散臭すぎます。

 一也に召集かける前に、第2・第3の奥沢が生まれているのではないか(^^;

 これまで宇宙開発研究所関係は度々描写されつつも曖昧な印象が続いたのですが、最終回を前にして一也の所属する宇宙研(およびその計画)がアングラで健在だったと明確に。

 一也が度々、政治家や大企業に顔が利いている感じの妙なコネクションを有していたことも宇宙研が健在なことである程度の説明はつけられたのですが、何しろジンドグマ編に入ってから宇宙関係の描写がなされたのは44話の一度きりなぐらいにこの方向に物語が掘り下げられていなかったため、話の幕を引くためにあり合わせの設定を繋げた印象になってしまいました。

 とは言え「いつかこんな日が」と源次郎に言わせていることも見るに、一也の基本設定として存在するこの要素を最後に拾ってきたのは、序盤から一貫してメインライターである江連さんの意地といったところでしょうか。

 一方で、ジンドグマもこの情報をキャッチしていた。

 「フフフフフ……ジュピタースーパー1を横取りし、新型爆弾を乗せて……地球をわがものにしてくれる!」

 最終作戦が他人の技術頼りって、情けないぞ悪魔元帥(^^;

 一也と別れたくないと駄々をこねるハルミだが、町中に金が降り注いでその毒に侵される奇病が発生。一也は幽霊博士の扇動で病気の元凶に仕立て上げられ、リンチを受けるが源次郎達の機転で助けられる。

 源次郎がメンテナンスルームに一也を運び、ここで一也の正体がスーパー1であることを、初めて知るハルミ。

 スーパー1と一也が同じバイクを使っているし、ジュニアライダー隊がスーパー1直結無線を使っているし、どう考えても気づかないのはおかしいレベルなのですが、今の今まで気づかなかった扱い。

 チョロのほうが「そうかぁ、やっぱり!」と喜んでしまう(気付いていたと取れる)ので、ますますハルミが頭悪い印象になってしまいます(^^;

 「親父さん、黄金病に侵され、苦しんでいる大勢の人々を見捨てて、宇宙に飛び立つことなんてできません!」

 本来の使命としては何度も述べるように宇宙開発で、スーパー1にはジンドグマを倒すヒーローとして戦う義務などないのですが、ジンドグマの陰謀とはいえ自分を大勢の人々が襲ったという展開と、宇宙に旅立つ自分との別れを惜しむハルミを踏まえてから、人々を救うヒーローとなることを一也に改めて選ばせた、というのは最終話前にして話が引き締まりました。

 黄金病の正体は金粉に見せかけた地球上に存在しない未知のカビであるが、メンテナンスマシンの光線により完治できると判明し、スーパー1はエレキハンドに光線装備を搭載。さらに源次郎との会話からゴールドゴーストは蜃気楼の応用で攪乱していると考え、人々を救ったのちにゴールドゴーストと対決。予想通り攻撃ポイントを見切って撃破。

 その後、源次郎が現れ、宇宙開発局に異変があったと伝える。スーパー1はVマシンを駆り、富士の裾野を目指す!

48話

 うーーーーーーーーん、自分が見ていたものが完全にズレていたのかもしれませんが、これは正直、残念な最終回だなあ、と。

 開発局への道中、怪人マジョリンガに襲われつつもなんとか入り口を発見した一也。しかし、既に内部は荒らされており、所長室に閉じ込められてしまう。嘲笑う悪魔元帥に、自由を奪う支配に平穏などないと啖呵を切る一也。

 「悪魔元帥、お前はどこから地球に来た?」

 前回の金カビは地球に存在しないという設定を踏まえ、ジンドグマは地球外から現れたのだという推理をぶつける一也に、悪魔元帥と魔女参謀が怪人態を見せる。

 「我らは銀河宇宙の彼方、B26暗黒星雲より地球を支配するために来た者だ!」

 最終回、とうとう明かされたジンドグマの正体ですが、この「B26暗黒星雲」、前作『仮面ライダー(新)』のネオショッカー大首領と同じ出身地なのですけど、地球侵略がブームなのかB26暗黒星雲

 前作とは源次郎だけでなく、悪役の繋がりを持たせることで、B26暗黒星雲がこの2作品共通の敵となり、また前作が事実上それまでのライダーシリーズを総括する内容であったことからひいては仮面ライダー全体の宿敵というところにまで話が膨らんできたのですが、悪魔元帥/サタンスネークのセリフでそのことが述べられる以上には転がらず。

 この辺、実はスーパー1が目指していた場所こそB26暗黒星雲だったと考えるとスーパー1の過剰武装装備も納得できますし、また悪魔元帥のデザインモチーフが悪魔サタンの変化した蛇(聖書にて人類をそそのかして知恵の実を食べさせた)であることから、もともとライダー世界の人類を成長させたのは悪魔元帥で、だから自分が支配して当然と考えていたのかもしれない、とか色々と思いつくのですが、劇中では「ジンドグマはネオショッカー大首領と同じ出身地」以外の話が全て謎のまま闇に葬られてしまうので、単なる妄想どまり(^^;

 というか、彼らが宇宙人だったのならそもそも「宇宙から新型爆弾で~」なんて作戦を実行するのには(「面白いから」というフライパンの道を除外すれば)別にジュピタースーパー1を奪う必要もないと思うのですが、何故自分たちの手で大気圏外に出ていこうとか考えないのか。

 もしかして:落っこちて宇宙に帰れなくなったから仕方なく地球支配を考えた

 そんな与太まで頭をよぎってしまったのですが、どうしてこうなるのかっていうと、この最終回にていまさら言うのもなんですが、結局のところジンドグマ大幹部のキャラクターをきちんと定めることができなかったというのが問題なのだろうと。

 4人+首領という構図を最初から打ち崩さないのですが、4人それぞれに違う肩書と性質を持たせておきながら、大幹部の描写では漫才的掛け合いの面白さに偏ってしまい、それぞれの個性から生まれる対立軸やストーリー構成というものが用意できなかった(初期の幽霊博士はジンドグマの礼儀作法を無視して素手で食事をしようとして窘められるなどあったのですが、そういった内容が後に活かされることはなし)。

 にも拘わらず2クールで4人の大幹部が最終3話まで全員生存していたのは明らかに残し過ぎ(それも46話で2体まとめて片づけたのは明らかに無茶)で、相対的に悪魔元帥というトップの存在感まであやふやなものになってしまいました。

 その点では、首領+大幹部一人に基本名無しの親衛隊数名で構成していたドグマの方が転がせており、特にメガール将軍には主人公との因縁も載せて強烈な印象を残せたのですが、それ以上の組織と感じられるような転がし方がジンドグマでは結局できなかったということになり、残念。

 放映時間変更などもあり、ジンドグマ編からは明らかな路線変更や設定変更などもいくつか垣間見えていて、どれが正しいかとは一概にも言えないのですが、こうなると終盤に初期の設定を無理に拾って立ち戻らせるのが無茶とさえ思えるもので、脚本の江連さんをはじめとするスタッフの誠実さだと思えば理解はできますが、もういっそ振り切っても良かったのではないか、とも感じます。

 逆に初期設定と路線を徹底的に貫いた上でのジンドグマ編は見たかったと言えばそうですが、そうなると48話まで続くパワーが出ただろうか、と思うと難しいところ(^^;

 襲い来るマジョリンガは稲妻電光剣をサタンスネークから借りてスーパー1を攻撃。宇宙プラズマでスーパー1を破壊しようとし、苦しむスーパー1だが、突如ベルトに吸い込まれる稲妻。

 「稲妻電光剣の威力がない!」

 「電光剣の宇宙プラズマは、俺がエネルギーとして吸収した!」

 何故だろう、毒が裏返ったというフレーズを思い出したのですが(笑)

 突然インチキ技を繰り出すスーパー1にただの剣となった稲妻電光剣で切りかかるマジョリンガだが、白刃取りで止められて返り討ちに。

 さらに進んだスーパー1だが、悪魔元帥の罠で密室に。そこから空気を抜かれるという陰湿な攻撃で、苦しみ倒れるスーパー1。その様子に涙するハルミ。

  悪魔元帥は、スーパー1は宇宙に捨て、永遠に地球を回る星とすると述べる。

 「やめて! そんなひどいこと……」

 「ならばお前も、スーパー1とともに大気圏外に捨ててやろうか」

 「そうしてください」

 永遠に宇宙を一人だけで彷徨うような寂しい真似をさせたくないと、自らも星になろうとするハルミ。

 前回から突如、ハルミが一也への想いに対し積極的に動き始めるのですが、ハルミの一也への意識はこれまた序盤、第6話などで描写されたもののジンドグマ編ではさっぱり描かれなかった要素で、最終的に心中を図ろうとするまで追い込むならもっと二人のロマンスは意識的に見せてもらいたかったとどうしても思わざるを得ません。

 物語を成立させるための最低限の要素があるといえばあるのですが、それが劇的に盛り上がるための条件がどうしても揃いきらず、非常に惜しい。

 悪魔元帥に連れられ、明るく源次郎達に別れを告げるハルミだが、そこに起き上がったスーパー1がジンファイターを蹴散らす! そもそも宇宙開発サイボーグのスーパー1は、無酸素状態でも活動できるように酸素ボンベを備えていたのだった!

 ……そりゃそーだ。

 先に述べたハルミのロマンス云々も、ここをさておいてみれば(物凄い面白い、となるには積み重ねが足りないけど)盛り上がるポイントではありましたが、根本的にこの部分が最初からわかり切ってしまっているので全部茶番にしかならないというのが、あまりにお粗末すぎます(^^; そして、ラスボスなのに頭悪すぎるぞ悪魔元帥。

 といってもこのシーン、問題の本質はそこではなく、詳しくは後述。

 そしてサタンスネークは追い詰められ、最期は奪われた稲妻電光剣で首を落とされ、自爆の巻き添えにしようとするも逃げられて、連動してジンドグマ本部も爆発して壊滅するのであった。

 最終回、個人的に一番残念なのは、サタンスネークとのこの決着。

 仮に「宇宙開発用だから」云々を抜きにしても、『仮面ライダースーパー1』という物語を総決算するのであれば逆転の鍵が改造で入れられた機械装備と敵の武器だった、というのは残念極まりません。

 何故なら、仮面ライダースーパー1」は「赤心少林拳、沖一也」だからです。

 それがどうして、逆転の鍵も勝利の決め手も、拳法技にならないのか。

 改造された肉体の力で敵の武器によりデタラメに切りつけて勝つのであれば、どうして「身も心も鍛える」必要があるというのか?

 もちろん、現実的なものとして考えればいくら体を鍛えようが何だろうが、人間が真空中で生き延びることは不可能ということは、子供でもわかる理屈かもしれません。

 しかし、作中の赤心少林拳は高所から転落しても無事だったり炎の上を歩けるなど、それを超えた存在として繰り返し描写してしまっており、故にそこを飛び越える説得力は十分に有しているはずなのです。

 にも関わらず、本作最終盤はそれで勝つことをしないばかりか、赤心少林拳の「せ」の字も出てきません(マジョリンガ戦で申し訳程度に白刃取りを使いますが、ここの逆転の鍵である肝心のエネルギー吸収も「宇宙プラズマ」とか言ってしまうので、むしろ改造人間の機能としてエネルギー源にできたという印象が強い)

 そういった物理的な攻撃力などを抜いても、本作に置いて拳法をする意味は「心を鍛えること」であることがドグマ編では度々描写されました(13話、22話など)が、今回まったく、そのような「心の勝負」さえも描写されません。

 前回の「改めてヒーローとしての選択をさせる」のは、あの場面で見れば引き締まったのですが、映像・展開として一也が揺さぶられる様子はなくむしろ即決気味であり、あそこから今回に至るまでに一也の心に揺さぶりをかける事情は一切なし(その点、ハルミ関連のロマンスが一也は終始眼中にないのも、酷い)。

 あえて言うなら、サタンスネークが正体を明かす際に「人間が安らぎたければジンドグマの支配下に入るべき」と言うのに反論しますが、一也個人への揺さぶりになってないし、一也は例によって例のごとく即決で反論するので、全然「心の勝負」という印象がありません(^^;

 「心を鍛えるために修行をする」のに、「心で勝たない」のであれば、それはいったい何のための修行だったというのでしょうか。

 サタンスネークというモチーフからしても、最終回としては一也の心に明確な揺さぶりをかけてそれを打ち砕いてこそ『スーパー1』というヒーローが成立するというイメージがあったように感じられるのですが、全然そういうことになりませんでした。

 要するに一也は力ではジンドグマに勝てたけど、拳法家(心)としては勝てていないという結論になっているわけで、本作における「拳法家」と「心」「修行」の在り方が好みだった私としては、これはどうにも納得できません(^^;

 根本的に、私が本作の「拳法」について抱いていた解釈が作り手とズレていたのかもしれませんが、しかし……。

 ともあれ、全ての戦いを終えた一也は、ジュニアライダー隊に向かって敬礼し、いつかきっと故郷である地球に戻ることを約束して、宇宙へと長い旅に向かうのであった。

 同時に一也はジュニアライダー隊の心を地球上に広げ、大きくなってもその心を忘れるなと言うエールも送り、「ヒーローとは心」というポイントだけはかろうじて維持したのですが、拳法抜きでそこに着地させるにしても今回のエピソードにジュニアライダー隊は出番なしだったわけで、だからどうして「心」で勝たせなかったのか。

 そして「心」を言う割に、最後までハルミの想いは眼中になしで、改めてひどいぞ一也。いくら宇宙の父さん星(これも拾われなかった)が真の恋人でも、それはあんまりだぞ一也。

総括

 えー、なんだかんだで完走した『スーパー1』ですが、「一也が宇宙へ旅立つ」ところで初めて物語として完成するのであろうから最終回の存在を否定するわけにいかないのですけど、時間帯変更抜きに「ドグマ編で終わった」と言う人がいる気持ちはまあ、わからないでもないです(笑)

 一本ごとの質はドグマ編でもあまり高いとは言い難かったのですが(現代の視点で見てしまうので、ちょっと低く見積もりすぎているのかも)、要所で示される内容自体はなんだかんだでドグマ編の方が好きでしたし、ジンドグマ編はネタとして割り切ればまあ楽しめる回がありつつも、全体としては正直どうか、という内容でした。

 途中述べたように、本作における特徴は、それまでのシリーズでは一時敗北からの強化技修得のために突発的にやるものだった「特訓」「修行」が、定期的に取り入れられるようになったこと。

 変身のために修行から始まり、敵への対策のために修行を思い出したり新たな修行をしたりと、新技を編み出す以外の「特訓」がしばしば行われ、それの意義を「心を養う」ことに置き、それがヒーローの条件である、と通したのがドグマ編だと考えております。

 「メガール! 悪いのはドグマの心だ!」

 同時にメカニックライダーの要素も持たせており、五つの腕を使いこなす戦術も特徴でしたが、拳法と心を押し出すとどうしてもメカニック側が割を食ってしまう構図になりがちで、定期的メンテナンス描写など、むしろ不便なことを見せるのが多かった印象。

 そういう風に整頓して考えると、ジンドグマ編で拳法がほとんど捨て置かれ、メカニック重視に偏ったのはそこに原因があったのかもと思えるのですが、だからこそ終盤に初期の要素を拾いながら進めておいてでも「心」で勝たない、という中途半端な折衷になってしまったのは、重ねて言いますが非常に残念。

 ジンドグマ編については、他の問題を上げると、人数が多すぎて回り切らない印象。

 ドグマ編レギュラー全員続投なのに、ジュニアライダー隊追加でさらに終盤まで退場しない大幹部4人+首領は、脚本家を悩ませる部分があったのではないか(^^;

 漫才的掛け合いはともかく、悪の組織としてのジンドグマがあまり面白くないのはかなり痛手で、人数を減らして小回りを利かせた方が良かったのではないかとも思えます。この辺りの反省は後に江連さんがメインライターとなる『仮面ライダーBLACK RX』に活かされる……のか?

 

 好きなキャラは、コメディリリーフとしては珍しく嫌気があまりなかったチョロ、ドグマの大幹部として強いインパクトを残したメガール、最期が残念だけど汐路章というだけで票を入れたくなるテラーマクロ、ってところ。

 エピソードでは、国際宇宙研の怪しさが増しメガールの正体が判明する衝撃の22話がベスト、次点は修行の意味が明確に定義づけされる12・13話の前後編。ジンドグマ編では、あまりに全部が壊れていて逆に笑ってしまった34話あたりか(笑)

 

 総合すると、路線変更前は大好きだったけど、路線変更後が完全に肌に合わず、最後まで見たけど結局微妙な印象になってしまった、でも変更前の設定とキャラは嫌いではない、といったところでしょうか。

 せめて、最後に「赤心少林拳、沖一也!」の名乗りを見たかったなあ。