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超人バロム・1 35(最終)話感想

『超人バロム・1』の感想。

35話

 うん、まあ、70年代の特撮と言うとこんなもんだろうなとは思うのですが、それにしても酷い内容だった(^^;

 家族が囚われている場所を探すバロム・1は、ドルゲの繰り出す再生魔人を追いかけるが、それはドルゲの罠だと道中で抜けだしてきた松五郎が伝える。しかし、それでも自分が向かわなければならないとバロム・1はそれを振り切り、恐れ谷の家族が囚われている場所へ。捕まった家族を救出するバロム・1だが、それは再生魔人の変装だった!

 再生魔人(ハサミルゲ、ウデゲルゲ、ノウゲルゲ、クチビルゲ)の皆さま、バロム・1の必殺技ですらないパンチなどに次々爆殺され、挿入歌としてEDが流れる中1分足らずで全滅。

 いい加減手先ばっかり使わないで本体に戦えと叫ぶバロム・1だが、ドルゲは言う。

 「慌てるなバロム・1、ドルゲは既に、お前と戦ったのだ」

 これまでのドルゲは全てドルゲの分身、と説明されるのですが、確か序盤のドルゲは

人間にガン細胞の一種であるドルゲ細胞を埋め込んで変化させて作ったものなので、そこは一応、矛盾していないのか。

 しかし、「お前本体が戦え!」って話の文脈で「自分の分身である手先と戦ってきたんだから自分自身が戦ったのと同義、よって卑怯と言われる筋合いはない」って話を繰り出して、情けないぞドルゲ(笑)

 そしてこのシーン、何故か14話の再生魔人軍団の映像流用が長々と続く、尺稼ぎの気配。

 ドルゲは落石でバロム・1を生き埋めにすると勝ち誇って去っていくが、そこに現れたのは……

 「我はコプーなり。再び生きよ!」

 まさかのコプーの思念、再来。

 第1話で、バロム・1の正体を明かした時の災いについて触れないまま爆死したコプーですが、最終回にして突然の再登場。というかこれ、今までもどこからかバロム・1の戦いを見ていたと思われるのですが、あの爆死はなんだったのか(^^;

 「正義と友情に結ばれし二人の子ら、健太郎、猛! 今一度、命の炎を燃やすがよい! 汝らがこれまでに成し遂げし数々の正義は、全て無になろうとしている! 我がコプーは、お前たち二人に命の泉を与える! 立つがよい、ドルゲとの最後の戦いは、まだ終わってはおらぬ!」

 そして健太郎と猛は復活し、再度バロムクロス。

 ……言葉を目を閉じたまま聞いて手だけを動かし、その後アイコンタクトで頷いてバロムクロスという流れは、もはや暗黙の了解で言葉はいらないというよりも、命が尽きて肉体だけ動かされているように見えてしまい、怖いのですけど。

 そして追跡の最中、マッハロッドが叩き落とされ、それを踏まえて家族たちに「バロム・1は死んだ」と勝ち誇るドルゲだが、マッハロッドが身代わりになったと説明を強引に差し込んでバロム・1登場。家族を助けてドルゲ洞に赴く。

 その最深部、光り輝く場所で、ドルゲが囁く。

 「このドルゲ洞はドルゲの命、ドルゲの全ての悪があるところ! バロム・1、お前の最後だ!」

 物凄い勢いでここが弱点だと説明してくれるドルゲ。

 強気なので、この内部ではバロム・1の友情と正義のエネルギーが減少するのだ! とかそれぐらいの仕掛けがあるのかと思いきや、最深部に向かってボップを投げつけるとドルゲが悲鳴を上げ、ドルゲ洞、崩壊。

 なんというか、在庫処分セールと言いたくなるような設定の片づけ方(^^;

 しかしなおも、外で巨大な姿を見せるドルゲ。

 「ドルゲは不滅だ! ドルゲは地球から消える、しかし! いいか、必ず再びやってくる!」

 無駄に格好つけているが、情けない逃亡宣言を繰り出すドルゲ。

 そんなドルゲをバロム・1が見逃すわけもなく、ドルゲと同じ光の見た目となって、宇宙まで追いかける。

 「やめろ! お前のエネルギーと、俺のエネルギーがぶつかれば、爆発する! ううおっ、ルロ、ルロロロロ!」

 バロム・1の予想外の追撃に、超慌てるドルゲ(笑)

 ここまで話の内容的にも面白くないし、無駄に長い回想シーンや復活後のバロム・1のマッハロッドを落とすシーン、ドルゲ洞の始末とあれこれ詰め過ぎてテンポも悪く、内容の酷さが一周してしまって、この顛末には正直、笑ってしまいました。

 バロム・1は死んだのか、空を見上げて唖然とする松五郎たちだが、地上には無傷で降り立ったバロム・1が!

 「悪の支配者、大魔人ドルゲは滅びた。しかし、宇宙の悪はひそかに地球を狙うかもしれない! その時、正義のエージェント、我らの超人バロム・1は再び戦うのである! 正義と友情が、永遠に地球上にある限り……」

 というナレーションを背にポーズを決めるバロム・1で幕引きなのですが、バロム・1は無言だし、本当はこれは幻影でバロム・1はすでに死んでいるのではないか、と思わせるような結末。

 それもまたヒーロー番組のお約束的結末なのですが、こういったヒーローが自爆する格好で戦いの役目を終えたとき、これまで見てきた伊上さんの脚本作品(『変身忍者嵐』『超神ビビューン』など)だと、ヒーローは消えるが変身していた人間は元に戻るのが定番で、今回は逆に猛と健太郎の姿が一切出てこないのが、気になるところ。

 ……いやあの、途中の復活バロムクロスを見るに、ここの自爆で健太郎と猛は死んでバロム・1から戻れなくなったのではないかとか、そういう発想ばかり浮かんでくるのですが(^^;

総括

 力強く70年代というか、開幕のコンセプトは煮詰めれば色々なことができそうなのに、諸事情からかテコ入れを余儀なくされた結果それらが放棄され、結果として作品の独自色を失ったまま終幕まで至る……という、典型的なパターンというか(^^;

 本作最大の特徴は「少年二人の合体変身」であり、そこには変身者の絆と物理的な密着が必要なために、ドルゲはそれを踏まえてそれをどう妨害するのか、を序盤に展開していたのですが、結果として敵の作戦の傾向が大きく狭まり、行き詰まることに。

 この辺上手く詰めていれば、猛と健太郎の家族構成や家庭環境の違いなども含めてドラマにすることも可能な要素だったのですが、それが活かされたと言えるのは互いの両親が不仲になったため互いに監禁されて変身できなくなる(!)という第9話ぐらい。

 その後、バロム・1はボップを投げれば瞬間移動して変身が可能になるなど、変身の制約は排除され、作劇上も健太郎と猛が分断されることが減り、単独ヒーローとしてのバロム・1の出番ばかりが増えていくことで、当初のコンセプトは完全に崩壊してしまいました。

 テコ入れに伴って設定も数々変化したと思われ、特に「正体を教えると災いが降りかかる」は、完全に言ってみただけに。まあ序盤から対処法は「口で言わなければ目の前で変身見せてもセーフ」という、屁理屈極まりないものだったので、これを真剣に組み込む意思があったのかは疑問ですが(^^;正体に触れたものをそのことでキ○ガイにしない分、某魔法つかいよりはマシな気がするけど、多分気のせい。

 あえて作品の特色を上げると、バロム・1側のコンセプトが崩壊した代わりに、ドルゲ魔人は体の部位をモチーフにしたもので主に構成されるようになったこと。

 この設定も話で活かせたとは言い難かったのですが(最終話の「これまでの魔人はドルゲの肉体の一部」というセリフは、最初から魔人デザインがこれならより強い印象になったかも)、魔人のギミックは毎度凝っており、結構面白かったです。

 

 ……そんなわけで、私としては本作、「知名度に対して優れたものがあるとは正直言い難く、典型的な70年代の作りの甘い特撮番組」という印象でした。

 アイディアは面白いのも、結構あったのだけどなあ。