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キラキラ☆プリキュアアラモード 第37話感想

キラキラ☆プリキュアアラモード』の感想。

 シエルの店とキラパティが共同で運営していたところ、いちかのデコレーションに洗練されていないと文句をつける一人の客。それこそシエルがフランスで開いていた店のオーナー、マダム・ソレーヌであった。

 店に乗り込むソレーヌに対し、順番を守らないと困るという内容こそ真っ当だが態度の悪いビブリーを見ての感想、

 「スタッフはまだ教育が足りないみたいね」

 ……その人、100年に渡る虐待からの更生プログラム実施中の身なんで、お手柔らかにお願いします(^^;

 ソレーヌの目的は、シエルをパリに連れ戻すこと。曰く、パリで大行列を作るほどの天才パティシエであるシエルが離れたことで、店は経済的に大打撃とのこと。

 実に第3クールも終わりに近づこうかという段階で、突如放り込まれる「経済効果」。

 本作は基本的にそこを無視する話の構造だったので、リアルに考えなくてはならない問題だとしても、思いっきり浮きまくっています(^^;

 今回でそこをきっちり掘り下げて描くならまだしも、ここで言及して以降まったく触れられないので、無闇に持ち出さない方が良かったと思うのですが。

 キラパティの野暮ったい飾り付けに辟易するソレーヌは、シエルに対しここにあなたの夢と希望があるのかと尋ね、シエルは仲間とともにいちご坂をアピールするが、パリと比べて劣ると突っぱねるばかりのソレーヌ。

 どうしてそこまでパリにこだわるのか、ゆかりが尋ねる。

 「天才だから。才能のあるものは最高のステージに立つべき。それがパリにはある」

 そして、シエルと出会った時のソレーヌの回想。新しくオープンする店のため、優秀なパティシエを求めていたソレーヌが行き着いたのは、シエルの師匠ジャン=ピエール・ジルベルスタインの工房。

 「ジャン=ピエール」というメジャーなフランス名に対して「ジルベルスタイン」とちょっと変わった苗字(元ネタはフランスの女優「エルザ・ジルベルスタイン」?)で、ジャン先生はドイツ系移民の子とかなんだろうかとか本編に影響しないし拾われないだろうことを思い浮かべるのですが、それはそれとして、

 「くどい! 私は私のスイーツを極めるのみ! お引き取り願おう」

 ジャンはジャンで、めんどくさい人だった……(笑)

 そんなとき、シエルの天才的センスを見たソレーヌ。ジャン曰く弟子ではなく勝手についてきてるだけという彼女を勧誘し、ジャンの「勝手にするがよい」という言葉を受けて、シエルはソレーヌの支援により独立。しかしある日置き手紙を残して去ってしまったという。

 独立を支援してくれたパトロン相手に置き手紙一つで去ってしまうシエルにも問題はありますが(時系列でピカリオ/ジュリオとの関係がどうなっているか整頓しないとなんとも言えませんけど)、シエルの夢や希望を叶えると謳いつつ、流れ的に話の通じないジャンからあっさりシエルの方に鞍替えしたような展開で、その根底には「優れたものに相応しいステージを用意する」(ついでに経済効果を期待)という自分の理想ばかりが組み込まれていて、どうにも私、ソレーヌが真っ当な大人とは到底感じられません(^^;

 非常に曖昧ながら「自分は才能のある者に相応しいステージを用意できるだけの力がある」と自負できるだけの能力や財力等ある人なのでしょうけど、何しろ視聴者的にはすでにシエルの理想等は分かりきっていることとはいえ、シエルの「夢」が具体的な言葉を伴って現れるシーンがない=ソレーヌからシエルの「夢」や「希望」について触れたり歩み寄ったりするシーンが回想に一切存在していないので、「夢」にかこつけてジャンやシエルの才能を食い物にしようとしたすっごくダメな大人に見えるんですけど。

 ……いや根本的に、シエルの夢と希望を実現させるという名目で引き抜いたからには「お前のせいで大損している」とかいうのを説得の材料として使うのが間違いと思うのですけど、本当に何のために出したのかこの話。

 パリで行われるコンテストにシエルを参加させることを伝えるソレーヌ。シエルはソレーヌへの恩義もあることから悩み、いちかもどうしてシエルはキラパティを手伝うのかと疑問に思い始めるが、ビブリーの「やりたいようにやりなさいよ、あんたの夢なんだから」という言葉で、切り替わる。

 翌日、シエルが作ったのは、前日に作ったアシェット・デ・セールではなく、キラパティで出すためのカボチャのプリン。いちかのアドバイスで添えられた、ジャックオランタンのカットをしたリンゴがきっかけという。

 「あの発想は、私にはない。キラパティにいると、毎日楽しい発見がある、みんなに刺激をもらえる……新しいことにチャレンジできる。パティシエとしてもっと高みに連れていってくれる……」

 「勝手にする」という自己の意思決定とそれに伴う責任の存在を示す言葉はシエルのキャラ設定と本作の物語の根幹を成す要素の一つで、そこはきちんと押さえられました。

 そして、それに気づかせてくれるのはシエルが助けたビブリーで、かつキラパティにはパリでは見つからなかった物が見つかったこと、それを見つけさせてくれたのはキラパティの仲間と過ごせたから、と繋げて、改めてシエルが自分の理想に向かうための選択をする流れにきちんと運んできたのは良い仕事。

 欲を言えば、パリを離れることで失う・捨てることになるかもしれないもの(それこそ経済効果とかソレーヌの信頼とか)についてもきちんと掘り下げて、それでもキラパティのあるいちご坂を選ぶ理由を強調して欲しかったのですが。

 いよいよデコレーションというときに、ディアブルとグレイブの悪魔合体進行中故に自分が出るしかなくなったエリシオ、キラキラルをくれなければイタズラするというハロウィンに乗ってはみたけど仮装の準備も何もなく中途半端に進行するというやる気のなさで、話に特に関係もなくモンスターを撃退される(^^;

 ちなみに、悪魔合体したのは本体ではなく車の方らしく、その魔改造っぷりにやたらご満悦のグレイブは面白かったです(笑)

 ソレーヌにいちかのアイディアでデコレーションされたハムスターパンプキンプリンを渡すシエル。怪訝な顔をしながらも一口食べるソレーヌだが、フランスのバターを使うなどキラパティで培った対象を思うスイーツ作りからフランスの原風景を見たソレーヌはシエルを認め、キラパティとしてコンテスト出場を促しつつも好きなようにさせると告げるのであった。

 キラパティで得られた物に対して潔く退いて、悪い印象から多少持ち直したソレーヌですが、今度はシエルを失ったことによる彼女自身の理想に生じる問題などが完全に投げっぱなしとなり、そこに対する意識が消失したまま一見「理解のある大人」のように見せかけた台詞回しが、正直納得し難い(^^;

 いくつも店を抱えているからそれほど打撃でないかもしれませんけど、シエルがいないことで大きな損失が出ているとは本人の語ったところで、そこをこの段階で一切持ち出さず、キラパティの一行もいっさい疑問に思う節さえなく、本当にこの要素、まったく以て邪魔にしか感じられなくて、何のために持ち出したのか。

 「シエルがパティシエとしての実力でソレーヌを納得させる」という着地に持っていくのは作品として当然の落とし所にしても、ちょこちょこ論点をずらして解決した格好で、もう少し収まりよくできなかったのか。

 劇場版との兼ね合いか、前作のメインライターで劇場版脚本の村山功さんが執筆。

 前作『魔法つかいプリキュア!』については歴代で文句なしに最底辺の印象の私ですが、今回はシエルを象徴するフレーズ「勝手にする」を拾いながらきちんと作品全体の内容に沿うようにまとめあげており、何だかんだで既に存在する要素を効果的に纏めるだけの力はあるのだと思い知らされ、長年重用されている理由の一端を見たように思えて納得なのですけど、ソレーヌの感情の動きと論理構成のところどころのおかしさは脚本の名前を知ってから思い返すと『まほプリ』テイストで、別方向にも納得(^^;

 次回、ペコリン、人間になる。……印象薄いからこの期にアピール?(笑)