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キラキラ☆プリキュアアラモード 第42話感想

キラキラ☆プリキュアアラモード』の感想。

 立神雷桜→タテガミライオー→水木一郎→歌手

 ……娘が音楽に進むのは既定路線だったのか?!

 冗談はさておき、あおいのエピソードの決着にそこまで期待値高く持っていたわけでも無かったですが、正直、色々残念な内容。

 以前非常に残念な結果に終わったあおいのバンド・ワイルドアジュールと岬との共演だが、再度の共演コンサートが決定しリベンジに燃えるあおい。しかしワイルドアジュールのベースであり、作詞・作曲を手がけているリーダー園部が、脱退を宣言。

 岬に相談するあおいによると、路上で活動していたあおいを引きこんだのは園部であり、園部が脱退する理由は親の病院を継ぐために受験に専念する必要があるから、とのこと。活動の多くを園部が担っていたために彼抜きでの音楽を考えられないあおい。

 「まるで自分の夢が消えたみたいにいうのね……対バン、来なくてもいいわよ。あなた達の解散コンサート、やる訳じゃないもの」

 共演者の活動の危機=自分の仕事への影響という面から話を聞かざるを得ないにすぎず、むしろあおい個人の呼び出しに応じて相談に乗ってやるのは温情なのかもしれませんが、岬さん、ハッパのかけ方が絶望的にヘタクソではないか(^^;

 悩むあおいに対して何かできないかと考えるキラパティ一同は、パジャマパーティを企画して半ば強引に連れ込む(なお水嶌は既に丸め込んでいてお泊りセット完備)。

 枕投げからスイーツ(アイス)づくりと楽しい時を過ごす中で、あおいはある疑問を投げかける。

 「ねえ……もしさ、大好きなスイーツが無くなっちゃったらどうする?」

 「え?」

 「それって、存在自体が、ってこと?」

 「うん、みんなの大好きなものがなくなっちゃったら」

 ……すみません、本作がどういう答えを用意するのがあまりに読めすぎていて、正直ここで吹き出しました(笑)

 「うーん……私なら、作る!

 ですよね(笑)

 「だから無理なんだってば」

 「どうして? スイーツが大好きって気持ち、消せないもん」

 ここから外れていかないのは良く言えば安定していて、そういう土台が備わっていると思うだけの作りになっているのが本作の強みなのですが、強すぎてもうそこは躓く問題じゃないという白々しさの方が目立っている気がします(^^;

 それでもこの部分まではまだ逸脱してなかったと感じたのですが、問題はここから。

 改めて好きな歌を、夢を追いかけることを諦めず立つあおい、自分で作詞作曲してメンバーに見せ、この歌で対バンに臨むことを宣言。

 岬を相手に「勝ちに来ました」と応えるなど強気の姿勢を取り戻すあおいだが、ステージのわざとらしいスペースにスポットライトを当てて登場するという相変わらず妙な舞台装置へのこだわりを発揮するエリシオ(笑)

 エリシオは怪盗キ○ドのような白衣の奇術師へとメタモルフォーズ、観客を粘土兵に変え、バンドメンバーと岬とプリキュアを消し去るイリュージョン。

 観客も仲間も失ってなおも夢を諦めないジェラートに、エリシオが取った戦略は、彼女を結界に閉じ込めて声を封印するという手段。

 今回の残念な部分その一がここで、エリシオがキュアジェラートの精神に挑戦するため用いた手段が「声を奪う」という、あおいへの直接的な攻撃であること。

 前回の時点で「プリキュアを永遠に葬る」と宣言している以上、これまで通りの作戦では通らないから違う手段を用いてきたとも考えられるのですが、ここまでのエリシオの精神攻撃がえげつなかったのはあくまで(どれを選んでも地獄になるようなものだったとしても)当人たちに選択肢を与え、それに乗った結果としての責任の重圧や苦しみで押しつぶすというものだったからです。

 しかし、「キュアジェラートを声が出ない空間に監禁する」というのは明らかにそれと質が違います。これはあおいには一切の選択権がないので、彼女自身の弱みや闇で苦しんでいくのではなく、強い暴力で一方的に踏みつけて封じただけ。

 「閉鎖空間に監禁」という攻撃の内容から見ても、これをやるのは実力行使で殺害するのとさして違いはない訳で、これまでのエリシオの作戦と比較すると非常に乱暴で、スマートでない。

 それでもこういう展開を取る以上はその先に何を描くのかが問題になるのですが、そこから今回どう展開したか。

 そんな結界の力で声が出せなくなるキュアジェラートだが、それでもあきらめず、歌を続ける。すると何故か、外のエリシオにも聞こえてくる歌。

 「声が出ずとも、心で歌い続けているというのか?!」

 残念な部分その二が、この状況を打破する手段として用いたのが、物語として事実上裏付けの存在しない「心で歌えば突破できる」になってしまっていること。

 いやあの、「心で歌う」って一見良い話に見せてますが、伝達手段の一つである「声」が失われた上でそれに代わる何かを持ち出していないのに、どうやって外部に「心」が伝わるというのか。

 本作の場合「どれだけ仲が良くても心で思うだけでは正しく通じない」は基本部分の一つなわけで、「その「心」をどうやって表に出していくのか」が肝要なのであり、「心で歌っていれば、声もそれに代わる手段もなくとも自分を信頼する外部には通じる」という話では今までを全て否定しているも同然なのですが。

 それともキュアジェラートは、今回いきなりテレパシー能力を身に着けたりしたのでしょうか??

 本作なりの筋としては「大好きな気持ちは消せないから、存在を否定されたとしてもそこから自分で大好きなものを作る(方法を考える)」のはずなのに、実際に今回展開されているのは「大好きな気持ちが生きていれば、どれだけ踏みつけられようと無軌道にがむしゃらやっていれば報われる」という内容で、どうしてこうなったのか。

 打開の手段の不満点をさらに挙げると、何故か今回必殺技バンクを除いて「キラキラルの映像」が一つも出てきません。キュアジェラートが自分の体内のキラキラルを放出して声なしで歌を届けるとか、バンドメンバーがキュアジェラートの心の歌で体内のキラキラルを輝かせるとかそういう展開すらないのはもちろん、パジャマパーティでペコリンがアイスに「キラキラルでいっぱい」という趣旨の発言をするものの実際に出てくるキラキラルの映像は一切なしという徹底ぶり。

 「心で歌う」が単なるご都合で終わらない手段として、本作の世界観で納まりかつプリキュアの力として問題なく使えるキラキラルを一切扱わなかったのが、本当に理解に苦しみます(^^; というよりこういうところで使えないなら、なんのために存在するのかキラキラル。

 「あおい! 自分の信じるままに歌っていくんだ!」

 園部(というかバンド仲間)は単純に話のメインに関わる機会が少なすぎるので、心情等を今回急ごしらえした事情から察するほかないのですが、自分ができなかったことをあおいに実現してもらいたいという心情を何故か上から目線で語るような格好で、結構身勝手な印象(^^;

 あおいはあおいで、立神家の跡取りという自分の立場を踏まえた上でバンド活動をどうにか続けられるようにやりくりしていたので、園部の事情についてはバンドのメンバー中で一番理解していると思われ、だから今回園部を責めるようなシーンが一つもなかったのは良かったですが。

 外部の叫びと心の叫びで脱出したキュアジェラートは、エリシオにアニマルゴーランド。またも脱出するエリシオだが、これによりイリュージョンは全て解け、つつがなくコンサート続行。

 そんなあおいの姿を眺める、三つの影。

 「あおいは歌の世界で生きていくんだろうな」

 「申し訳ありません。お嬢様は立神家の跡取りでいらっしゃるのに」

 水嶌、登場当初には厳しさを見せていて、その後はひまりにマナーを叩きこんだりもしたことがありましたが、立神家が町内会運動会に参加できるよう手回ししたり今回のパジャマパーティにも参加を了承しており、最終的にはむしろあおいの「夢」側の人間で、「申し訳ありません」がどこまで本音か怪しくなってしまったのですが(^^;

 「跡取りならいるじゃないか」

 そして水嶌の胸を叩くタテガミライオー。

 え、あれ、もしかして婿養子?!

 まあ水嶌を引き取って育てていたのは、当初から跡取りにするつもりでいたと考えるのが筋で納得ではありますが、しかしこういう決着にするなら最低限あと一回は水嶌メインのエピソードが必要だったなーと。

 今回残念な部分その三が、「家」と「夢」についての決着。

 「家」か「夢」かの選択という部分で、当初「家」を選ぶことを望むように現れたけど本音は「夢」の方である、というのが水嶌の当初の位置づけで、その時に出したのは妥協案(成績キープしないと夢を認めない)であったからには、もう一度その選択肢を水嶌に提示して確定させる流れが必要だったと思います(故に最低限、水嶌メインがもう1話欲しかった)。結果として、水嶌の真意がぐらついたままの決着みたいな格好に。

 その上、あおいは水嶌を「家(族)」と認識しながらも取っているのは「夢」というネジレを抱えており、そこをどう解消するのかが個人的にあおいを描く上で一番気になっていたのですが(順当に夢を追うのはもちろんだけど、あおいは夢を諦めて家を取る選択肢もアリだし、それが否定されない作風だと思っていた)、本人の与り知らぬところで「家」が「夢」に完全に理解を示してくれていたから解決、というのではあまりにお粗末。

 本作全体から見れば脇のテーマと言えばそうですし、序盤でキャラ設定として盛り込んだ以上何らかの形で決着をつけないといけないとは思ったのでしょうけど、扱い切れなくなったから強引にたたんだという印象がぬぐえません。

 また「家」のことについては水嶌が一人だけ空回りしたような格好ですが、最終的にあおいの「夢」を選ばせた代償(?)として「家」を押し付けられた水嶌の明日はどっちだ?!

 35話に続いてあおい回担当の吉成郁子さんですが、どうして最終決戦前の最後の個別キャラ回という重要エピソードが中盤の終わり際から参加のライターに回ったのか、甚だ疑問。演出担当の三上雅人さんもあおいの個別回として重要な起点である14話担当だったはずですが、どうしてこんなことになったのか。

 ラストスパートに突入する前に、忘却したいぐらいの大ダメージ(^^;

 次回、クッキングアイドルひまりん。