『Go!プリンセスプリキュア』の感想。
学園内の大掃除の最中、それぞれが自分たちの冬休みの過ごし方を話す。カナタと過ごせるトワに家族と暮らす予定のみんな。その一方でシャットはもはや帰るところを失いあてどもなく彷徨っていた。
帰る場所のあるトワたちと対になる形で描写されているのですが、街中で不審人物の扱いを受けるシャットが哀愁漂います。
雪が積もった校庭で、故郷の復興を願いホープキングダム城を作りたいというトワの提案に賛同したはるか。それに面白そうと次々に生徒が参加していき、巨大な城を作り上げる一大イベントに。
自由な校風が押し出されているこのノーブル学園ですが、この行動力は恐ろしいぞ(笑)
ゆいの図面の通りに作り上げられたお城。みんなの協力がなければここまでできなかったと感謝するトワ。完成してそれぞれの生徒が部屋に戻ろうとするところで手袋を忘れたトワは、取りに戻ったところでシャットと遭遇。
「シャット! ここで何を?!」
「何を? ……さあ、何だろうな……」
雪の城を見たシャットは怒りを燃やし、衝撃波で城の塔を破壊。これ以上破壊させまいと変身するトワに、駆けつける仲間たち。
「強く、やさしく、美しく……美しくだとぉ?! 貴様らの何が美しいものか! 美しいのはこの、私のみだああああ!」
城を破壊しようと放ったビームを押し返され、弾き飛ばされるシャット。その姿がまがまがしく変化していく。
「まさか、自分の絶望でパワーアップしたロマ?!」
自分の絶望でパワーアップ
シリアスな話のはずなのですが、ここまでのシャットの扱いとか考えると、どうしても「自家発電」とか「永久機関」という言葉が浮かんでしまい、ギャグのような雰囲気にしか感じられません(^^;
というか、敵自身が出した負のエネルギーというと、『フレッシュプリキュア!』にて敵幹部ウエスターが作戦の間違いにより集められず、最後に仲間から叱責される自分の分でちょっと追加するというギャグエピソードがあって、そのことが頭にあるせいで私にはシリアスな設定に思えないのですが(笑)
まあ、はるかも自分の希望で全てを乗り越えパワーアップしてしまう人間永久機関なので、ある意味対になる強化ですけども!
爪が伸び、瞳が細長くなり、牙をむき出しにしてさながら猫のような狂暴な姿となるシャット。声もいつもの余裕がなくなり、猫の雄たけびのような感じに。
「シャット! いったい何が、あなたをそこまで?」
「黙れ! 貴様がそれを言うか!」
スカーレットを突き飛ばすシャット。フローラたちは助けようとするが、スカーレットは制止。
「トワイライト、思えば貴様との出会いが、私の運命を狂わせた! 貴様がいなければ、私はここまで落ちぶれることはなかった! そう、貴様さえいなければ私は! 再び美しく、返り咲ける!」
エネルギーの玉をぶつけられ、膝を突くスカーレットに、これが私の美しい力だと嘲笑うシャット。
「美しい? 冗談!」
「何?!」
「自分の顔を見てごらんなさい!」
氷の壁を作り、それを鏡として映し出されるシャットの顔。その醜さに愕然とするシャット。
本作における「鏡」は以前、寮内で宝探しをした際に「普段は気づかないけど、実は少しずつ変化している自分の姿」を客観視させるための道具として用いられましたが、ここで三銃士の中で一番の変化を見せたシャットにつきつけるということですごいところから拾ってきました。
「だって、あんたのしてること八つ当たりじゃん」
「全て人のせいにしているだけ」
「それは多分、美しくなんてないよ!」
容赦なし、鋼の精神のプリンセス。
手袋を拾いに行くときの「自分のことは自分でやる」というトワの一言があまりに露骨すぎることもあって、この辺の自己責任論は若干行き過ぎた感があるような気がします。
鏡を砕いたシャット、三銃士から見下され、ディスピアからも見捨てられた心情を吐露。
「信じられるのはもう、この私のみだああ!」
そして巨大な猫の怪物に変化するシャット。が、プリキュアの方を向かず、無関係な場所をただ攻撃して暴れるだけ。
「……助けよう!」
これまで三銃士にそんなことを考える様子もなかったのに、暴れるシャットに何かを感じたのか、スカーレットにシャットの救済を呼びかけるフローラ。
スカーレットイリュージョンで動きを固めたシャットをグランブランタンで攻撃すると、元の姿に。手を差し伸べるスカーレット。
「なんのつもりだ? トワイライト」
「トワイライトは、孤独で、人のことなど考えない人間でしたわ。気高く、尊く、麗しく……ただそれだけでよいと。でも、今のわたくしは違います。あたたかくて、大切なものをたくさんいただきましたから」
「あたたかくて、大切なもの……」
「それを守るために、強く、優しくある姿……それが美しさだと、今はそう思っています。変わりましょう、シャット。わたくしと一緒に」
トワイライトから元に戻ってスカーレットに変身するようになり、そこから呼びかけられた「笑おう」という言葉に応じて、仲間に支えられてきたトワが、ここでその幸福をシャットに教えて救済しようとする、という流れはしっかりした作り。ここで氷の破片が鏡となって、変わったスカーレットを映し出すという演出も冴えています。
本当に本作は、こういう細かい作りが丁寧。
が……シャットはそんなスカーレットの手を振り払い、立ち去る。
壊れてしまった城だが、戦闘中にゆいが呼びかけたことにより元通り修復されていた。
「みんなが私たちの夢を守ってくれてるんだもん。このお城ぐらい自分たちで守りたいじゃない」
ゆいの言葉に感激するトワ。その姿を遠くから眺めるシャットに、ミス・シャムールはマフラーを渡して励まし、シャットはマフラーを巻いたままどこかへと去っていく。冬休みとなり、実家に戻って家族と過ごすそれぞれを映す中、独り街中を歩くシャットも映される。そのころ、ホープキングダム最後の城が光を放っていた……。
本作、特に終盤になってから「夢を追うためにどのような世界が必要か」という世界の理想の姿についても押し出されるようになってきた雰囲気がありますが、今回はそんな世界の一員になるようプリキュア達が呼びかけるも、シャットは拒絶して去っていきました。
即座に改心して仲間に、というのはどうかという面もあるのでしょうが、ここであくまでもシャットに自分から変わることを望むだけで、世界の一員になること自体は強制せず、去っていっても追いかけないのが本作の一本筋が通ったところ。
ここで強引に変化するよう求めてしまう……シャットの理想や夢をプリキュアが勝手に作ってしまうことになるとそれは逸脱してしまうことになるので、そこには線を引きつつ、シャットをとりあえず救済する展開に持っていきました。
理想の世界の一員に、という考えは行き過ぎると管理国家思想・ディストピアに直結してしまうので、バランス調整が非常に難しいのですけど、あくまで本作は自分の意志を重視するところを強調。まあ今回、行き過ぎてシャットの境遇に対するプリンセスの説教がえげつないことになってた気がしますが(^^;
で、本作の流れで行くと重要なポイントは、これまで和解を考えなかった悪の組織の一員に対して、明確に「救済」をすることを考えたというところ。
本作、クローズとの初戦はともかく、ロックは王になるという野望を抱えてプリキュアと交戦し、それは「夢」ではないのか? という疑問に特に触れないまま撃破してしまったのがひっかかっているのですが、ここでシャットに撃破ではなく救済を考えたのは、誰かの夢を傷つける意思がもはや存在しないということが問題でしょうか。
今回のセリフも踏まえると、人の夢を傷つける意志に立つものは夢ではなくただの欲望で、故にシャットが「自分を認めない世界は破壊する」と言えばそれは撃破の対象となるけれど、「自分しか信じられない」と言えば助けるしかない。
若干曖昧な気がした「悪」に対する線引きがここでようやく収まってきた気がしますが……これを軸にクローズやディスピアと対峙した時、プリンセスプリキュアは彼らを救うのか、それとも倒すしかないのか、どう決着するのかがますます気になるようになってきました。
次回、花のプリンセス。